…サイレン?もう来たの?
時間を測っていたわけじゃないけど、こんなにすぐに来るものなの?
近づいてきたサイレンの音がパッと消え、すぐに複数の靴音が駆けてくる。
だけど、このエレベーターはガラス張りじゃないから、外の様子は全く見えない。

「消防です!声聞こえますか?」
「き、聞こえます!」

答える声が情けないくらいに震えて、ちゃんと相手に届いているかもわからない。

「もう少し頑張ってくださいね!」
「は、はい」

ドアの前で、ガチャガチャと何かしている音が聞こえる。

「ロック開かないな。保守業者は?」
「待ってる余裕ないですよね。中はそうとう暑いでしょうし」
「点検口ってあるのかな。完全に一階で停まってるならなんとか…少し上がってると面倒だなあ」

さっきは拡声器を使っていたようで、もう声はぼそぼそとしか聞こえない。
だけど、なんだか難航しそうな予感がする。
じわりと涙が滲んだ。
神様仏様お釈迦様。誰でもいい。お願いだから早くここから出して。
両手を胸の前でぎゅっと組む。
突如、天井からガタガタと音が聞こえてきて肩が跳ねた。
ふわりと上から空気が流れ込んできて、音がやむ。

「今降ります。危ないので隅に避けていていください」

幻聴かと思った。
クリアに耳に届いた声は、私のよく知っているものだ。
ライトがパッと光を放ち、目が眩む。
だんだんと慣れてきた視界に、垂らしたロープをつたって男性が降りてくるのが見えた。
ヘルメットに全身オレンジの服。
左腕には『TOKYO RESCUE』とセントバーナードが刺繍されたワッペン。

「大丈夫ですか?体調はーー」

こちらを見た彼が目を見開いて、数瞬動きを止めた。
多分、私も似たような顔をしているだろう。
すぐに平静を取り戻した彼は、動けない私の前にしゃがんで穏やかに微笑んだ。

「怖かっただろ。外に救急隊もいるから、もう大丈夫」
「翔ちゃん…」

気が緩んでポロポロと涙が溢れ出す。
よしよし、と頭を撫でてくれた彼の服にしがみつき、鼻を啜りながら泣いた。

神様でも仏様でもお釈迦様でもなかった。
私の救世主は、この人だ。