「…あおいは、こういうところに一緒に来る男いないのか?」
「いたらお兄ちゃんに阻止されるよ」
「ははっ、そうだな」
「今日だって、危ない男に捕まるなよって言われた」
「俺と出かけることは言ってないんだろ?」
「うん。でも翔ちゃんは危なくないんだから一緒に出かけたって——」

不意に繋いだ手の力が増して、歩みが止まった。

「危なくない?」

さっきよりトーンの低い声に隣の翔ちゃんを見上げると、彼は真剣な顔でこちらを見ていた。

「俺のこと、本当に危なくない男だって思うか?」
 
今まで見たことがない表情に、息をのんだ。
いつものようなやさしい顔でも、怒った顔でもない。
熱っぽい瞳に色気を感じる、ゾクッとするような顔。
しばらく声も出ず、目を逸らすこともできずに見つめ合った。
どのくらいの時間が経ったのかわからない。
数十秒…いや、ほんの2,3秒程度だったのかもしれない。
彼はふっと表情を緩めた。

「冗談だよ」

繋いでいた手がゆっくりと離され、翔ちゃんは半歩前を歩き始める。

「大樹と俺の過保護も少し控えないとな。あおいにいつまでも彼氏ができないと困るもんな」

早鐘を打っていた心臓が鈍い痛みを伴う。
涙が浮かんだのは、海が眩しいせいでも潮風が沁みたせいでもない。
悟られないように少し俯きながら、翔ちゃんについていった。
こんなに近くにいても、私と翔ちゃんの気持ちには大きな隔たりがある。
そんなことわかっているのに。
最初からわかっていたはずなのに。
浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。

それから翔ちゃんはもう手を繋いではくれず、しばらく海を眺めたあとマンションまで送ってくれた。