苺川由良|《いちかわゆら》くんは優等生だ。
学年トップでこの高校に入学した特待生でもある。
しかもとっても優しい。
重い荷物を持っている人がいたら、男女構わず手伝いに行くし、この前道に倒れていたおばあちゃんを助けたようで、全校朝会で表彰されていた。
それでいてイケメン。
形の整った眉、すっと高い鼻、白い肌、ぷっくりとした唇に淡いエメラルドグリーンの瞳に真っ赤な髪の毛。
みんなからは苺くんと呼ばれていて、全校生徒から親しまれている。
そんな彼を机に座って文庫本を開きながらこっそり見つめているのが私、南苺花|《みなみいちか》。美術部の陰キャ。髪の毛は飾り気のない真っ黒だし、服装も第1ボタンまでしっかりとめ、ひざ下までぐっと伸ばしたスカートを履いている。
同じ苺なのにこうも違うとは…。
はぁ…とため息をついたとき。
「南さん、おはよう」
「いっ、苺川くん!お、おはよう…」
苺川くんは私みたいな陰キャにも明るく声をかけてくれる。
私はそんな苺川くんが…好き。
「苺くぅ〜ん!」
うるうるした唇を開きながら近づいてくる陽キャの一軍、齋藤杏那|《さいとうあんな》。
齋藤さんもどうやら苺川くんのことが好きみたいで。
「あ、おはよう齋藤さん」
「ねぇ〜、前も言ったけど呼び捨てでいいってぇ〜!苗字で呼ばれんの、杏那、嫌いなのぉ〜!」
「あ、ごめん…ついクセで」
苺川くんが困ったようにほっぺをかく。
「おーい由良!こっち来いよ!」
「由良がいねぇとつまんねーよ!」
「おー!今行くー!」
苺川くんを呼んだのは、男の子達。
いつも教室で動画を見てはゲラゲラ笑っている、DKを謳歌している人達。
教室に先生が入ってきて、日直が号令をかける。
「今日の6時間目の総合、委員会決めするので覚えておいてね〜」
担任のマナ先生が出て行き、入れ違いに数学の先生が入ってきて授業が始まった。
私は数学があまり得意ではない。
この先生は急に当ててくるから好きじゃない…。
「じゃあ、ワーク63ページやれ〜」
みんなが一斉にワークを開く。
慌てて問題を確認。
……っ、わ、わかんないよっ……!
必死に問題を解き進める。
「はいじゃあやめー。問1を…水沢」
「x=8です」
「正解だ。まぁこれは中学の復習だな」
問1と問2はなんとかだったけど…問3の応用問題は無理…!
「問2…苺川」
「次数は6、定数3です」
「正解だ。これは前回やったな。じゃあ次を…南」
やばいっ……!
そのとき、苺川くんがこっそりノートを見せてくれて。
「えっと、16a⁴ー1、です」
「おっ、よく解けたな南!座っていいぞ」
授業が終わり、真っ先に苺川くんにお礼を言う。
「苺川くん、ありがとう…!」
「ううん、俺お節介したかなって思ってたから良かった」
「全然お節介じゃないよ…!むしろすっごく助かったし…なんかお礼させて!」
「え!?いやいやそんな、答え教えたくらいでお礼なんて…」
私の言葉に少し悩む素振りを見せた苺川くん、ポンっと手を打って。
「なら、苺川くん、じゃなくて由良って呼んでほしいかな」
「そんなお願いならお易い御用だよ、由良くん!」
ニコッと微笑み返すと、苺川くん…由良くんは嬉しそうに笑った。
「ありがと…ついでにもう1個お願いしてもいい?」
「もちろん!」
「俺も南さんじゃなくて、苺花って呼びたい…ダメ?」
「いいよいいよ!大歓迎!!」
「ありがと苺花」
ドキンッと胸が高鳴る。
苺花って言う名前に感謝しちゃうよ…!
そのとき。
「ねぇねぇ苺くぅ〜ん!」
齋藤さんが近づいてきて。
「齋藤さん。何か?」
「あの荷物一緒に運ぶの手伝って欲しいんだぁ〜!」
「あーごめん。俺今ちょっとやらなきゃいけないことあってさ…カイリ!」
苺川くんは宮崎海里くんを呼ぶと、齋藤さんに伝える。
「海里が手伝ってくれるって」
「あ、ありがとぉ〜!」
引きつった笑いを浮かべながら宮崎くんと一緒に歩いて行く齋藤さん。
齋藤さんって…由良くんのこと好き、だよね…。
齋藤さんは超可愛くて人気があるから、勝てっこないよ…。
その後も由良くんに話しかけられる日々は続いた。
「苺花!一緒に帰ろ」
「いいよ」
今では一緒に帰るのももう恒例になり。
由良くんからのお誘いに応じ、2人で並んで歩く。
由良くんの飼っている猫ちゃんの話をして、道端にいた野良猫と遊んで、傍にあったスタパに入ってジュースを買って。
いかにも高校生らしい帰り道を謳歌していたときだった。
「あっ、いたいたー!苺くーん!」
なんと現れたのは齋藤さん。
「って、南さん……?」
あ。まずいかも……。
「ねぇ苺くん、ちょっと待っててほしいの〜」
齋藤さんはそう言うと、私の腕を掴んで引っ張ってくる。
っ、わ……っ!
近くの公園に連れ込まれ、ベンチに座る齋藤さん。
な、なんだろ…あはは……。
嫌な予感を振り払い、齋藤さんの話に耳を傾ける。
「ねぇ南さん。最近苺くんと仲良くない?」
「へ…あー……そうですかね」
「はぐらかそうとしても無駄よ。杏那、もう怒ったから」
そう言うと齋藤さんはスマホを取り出して画面をこちらに見せてきた。
「っ、え……」
それは、由良くんを隠し撮りしたもの。
「杏那、苺くんのことが好きなの。だから…邪魔しないで貰える?」
「……嫌、って言ったら?」
思い切って挑発し返すと、齋藤さんの顔は真っ赤に染まった。
「はぁ!?アンタみたいな3軍が苺くんと釣り合うわけないでしょ!?苺くんには杏那がお似合いなのっ!」
齋藤さんの拳が私に向かって飛んでくる__。
やばいっ……!
バシッ!
「っ……苺、くん……!?」
「齋藤さん……今すぐ消えて、俺の目の前から」
由良、くん……。
齋藤さんが走って行くと、突然ギュッと抱きしめられた。
「ごめん……怖い思いさせて」
「ううん、由良くんは悪くない……!」
ふるふると首を振ると、由良くんは私の目をじっと見つめてきた。
「なぁ俺さ……苺花のこと好きなんだよね」
「えっ!?」
ゆ、由良くんが……私のこと、す、好き!?
「ウソ…」
「ほんと。苺花のこと好き」
目を合わせられて、逸らせない。
「返事ちょうだい」
私の手を握る手に力が入る。
「わ、たしも……由良くんのこと、好きです…」
みるみる顔が赤くなっていく。
「まじか……なら、これからよろしくな!」
「喜んで」
差し出された手をとって、手を繋いで家に帰った。