「死にてえなぁ」
 名も無きクラスメイトが独り言のように呟いた。
 終電。駅前。ホームには僕1人。
 会話を、つなげた方が良いのだろうか。
「死にたいなぁ」
 彼女はもう一度言う。
 視線を僕に向けながら。
 こういうとき、どう反応するのが正解なのだろう。
 やっぱり止めるべきなのだろうか。
 名前も知らない相手だとしても。
 生きていればいいことあるよ、みたいなこと。
 しかし胡散臭いことこの上ないよね。
 どうしたものかなぁ。
 とりあえず何か言おう、と口を開く。
 何か、何でもいい、彼女を止めることができる言葉。
「えっと、じゃあ一緒に死のう」
 え、って顔をした。
 僕も君も。
 これではむしろ推奨しているじゃないか。
 だが、時すでに遅し、とでも言おうか。
 彼女は、びっくりしたような、お前何言ってんだ、とでも言いたげな、でもどこか嬉しそうな顔だった。
 顔の周りに、ぱぁ、とお花が飛んでいそうだ。
 にこにこしている。
「……いいの?」
 少しして彼女は泣きそうな顔をしていた。
 先ほどの表情の面影もない。
 伝えるのが遅くなったが、彼女は美人……とはちょっと違う。
 けれど、笑顔でどんな男も落とせるかわいい顔をしていた。
 そう、少なくとも、彼女のお願いを断ることができないくらいには。
「いいよ。どんな方法で死ぬ?」
 そして僕も例外ではない。
「練炭自殺がいい!!」
 めちゃめちゃ笑顔で。
 彼女はもう一度同じ言葉を投げかける。
「でも、いいの?」
 どうなんだろう。
 死ぬ理由はないけれど、生きる理由もない人生だ。
 そして今、死ぬ理由ができようとしている。
 だからそんなに聞かなくていいよ。
 僕は逃げないからさ。
「大丈夫。僕は君と一緒に、死ぬよ」
 まるで自分に言い聞かせるように。
 彼女の表情が安心したものに変わる。
 僕はそっと息を吐く。
「じゃ、私の家に行こうか」
 よし、じゃあ彼女の家に。
 …え。
「え、え?家に?」
「うん。だって私の家に準備してあるし。部屋も窓の隙間とかガムテープでふさいでるし。ウチしかなくね?」
 彼女は今度は、シャキッとした表情になっている。
 今度は僕がへにゃっとした顔になる番だ。
「なるほど。じゃあおじゃまします……」
「ははっ。そんなかしこまらなくていいよ~」
 
 彼女の家に着くまで、ずっと無言だった。
 ふと我に返る。
 きっと彼女は、死ぬのをずっと心待ちにしていたんだろうな。

 彼女の家に着く。
 アパートに住んでいるらしい。
 部屋は左上の三号室だった。
「部屋汚いけど気にしないでね~」
たしかに彼女の部屋は汚かった。
 お世辞が言えないレベルで。
 でもまぁ、死ぬ前の人間の部屋なんてそんなものだろう。
 部屋が汚い人は心も荒んでいると言うし。
「おじゃまします……」
 僕はそうつぶやき彼女の部屋に入る。
 彼女にすら聞こえぬ音は空気に溶けていった。
 部屋は入口以外のドアや窓の隙間にはびっちりとガムテープが貼られ、七輪だけがポツンとおいてある。
 部屋が汚く見えたのは、七輪以外のものが端によせてあり、それらが入口をも塞ぐ勢いだったからだろう。
 僕が部屋に入ると彼女は慣れた手つきで入口をガムテープで塞いだ。
 その入り口はまるで僕に、もう後戻りはできないぞ、と言っているようだった。
「それじゃあはじめようか」
 ゲームを始めるかのような明るい声色で、七輪に火をつけた。
「ねぇ、私たちが死んで何か大きなニュースになると思う?」
 僕は、ちょっと悩んで、
「さぁ。でも、見出しは思いついたよ。『高校生2人練炭自殺 心中か?』とかどう?」
 と答えた。
「あははっ。たしかにありそう」
 そこから話を繋げることができない。
 それきり僕らは黙ってしまった。
 どんどん息苦しくなってゆく。
 僕は、最期に気になっていたことを聞いた。
「ねぇ、なんで死にたいの?」
 その瞬間空気が凍りついた。
 カビた蜜柑かと思ったら冷凍蜜柑で、想像してたものより固く冷たく落としてしまった時ぐらい微妙な空気。
 実際は七輪で温かいのだが。
「んーと、秘密?」
 なぜ疑問形なのだ。
 でも、彼女の一言で凍りついた空気が溶けていくのがわかる。
 いつも持ち前の明るさで人を笑顔にしてきたのだろう。
 それに反してどんどん息苦しさがましてくる。
 生きるのも大変だけど、死ぬのも楽じゃないなぁ。
「私たち、そろそろ死ぬね」
 彼女は笑顔だった。
 それにつられて僕も笑う。
「おやすみ」
 せめて最期ぐらい、彼女を安心させたかった。
「うん。おやすみ」
 僕はきちんと彼女を安心させることができただろうか?
 頼りない奴でごめんね。
 そして僕らは深い深い眠りについた。