突然だが、俺には大事な大事な幼馴染がいる。 
 朝が弱い俺を気遣って毎日起こしてくれる心優しい幼馴染だ。
 ただ、ちょっと……いや、かなり鈍感なのが玉に瑕。

「いま俺と結衣が話しってから。後にしてくんね?」

 部活に励んでるときのことだった。結衣に話しかけた男子がいた。
 俺の対戦相手を務めた奴。アイツは俺と結衣の空間に土足で踏み込んできた。
 頭では分かってる。結衣はマネージャーで、忙しい身であることは。

 だけど、もう少しだけふたりきりがよかった。
 結衣の汗ばんだ可愛らしい姿を独り占めしたかった。嫉妬深いのは自覚している。独占欲が強いことも。だけどどうしようもない。時折、思わず「結衣の全部が好きだ」とか気を抜くと口にしてしまいそうになる。
 
 でも結衣に恐らくその気がないのだということは察していた。

 更に、このぬるま湯みたいな心地よい関係も好きだ。
 恋人関係になれたらどれだけ幸せなのか、怖ささえある。
 だが、この関係が壊れることは……もっと怖い。
 
「とにかく、結衣は俺と話してるんで」

 俺がそういった時、結衣はへにょっと眉を曲げ、困った顔をした。
 昔、結衣が絡まられたことがあった。思い出すと、いまでも腹が立つ。結衣を守るのは俺だ。恋人になりたいけど……この距離感が嫌ということはない。友達以上、恋人未満。それでいい。それでいいんだ。

 でも、頭の片隅では理解していた。
 俺はたぶん、抑えきれない。この恋を。
 いつか近い将来、爆発するのだと。

「我妻、みんな困ってるでしょ~~っ!」

 冗談交じりに微笑む結衣は可愛かったが、やや寂しさが募る。
 部活とはいえ俺以外の男子と同じ時間を過ごすという現実が耐え難かった。
 俺のテニス生活を応援してくれているのに……俺は心が狭いのかも。

 ……その笑顔を俺だけに見せて欲しい。これは俺の我儘か?
 独占したい想いと、困らせたくない思いが毎日ぶつかっている。
 
「いいんだよ。結衣は俺だけのマネージャーなんだから」
「なぁにそれ。……でも、ま、我妻を一番応援してるのは私だから」
「……っ。……おう」

 思わぬ反撃を喰らってしまい、赤面しそうになる。心臓がうるさい。
 だけど、そんなことに結衣は気付かない。この鈍感美少女が。……昔っからそうだ。真面目で、優しくて、素直。その無邪気な笑顔に俺はくらくらしてしまう。その笑顔に俺は惚れてる。惚れこんでいる。

 最近、結衣の人気が更に爆発している。……男共からの。
 正直、俺は自分の容姿が優れていることを自覚しているし、謙遜する気もない。
 苦労もするが、相対的に見て得をしている方が多いのが現実だ。

 男から謂れの無い嫉妬や、妬み、誹謗中傷されたこともある。
 だけど、外野が何を言ってても興味がない。俺はどこまでも俺だ。
 ……結衣が俺に抱く評価だけは気にしてしまうけど。

(……結衣のやつ、何もわかってねぇ)

 結衣は、自己評価がやたらと低い。中学時代の出来事を尾を引いているのか。あるいは元々の性格か。なんにせよ、彼女の自己評価は下の中くらいだ。だがしかし、現実は上の上。……くっそ可愛いんだよ結衣。

 今朝だってそうだ、いつも通りこの登下校を共にしていた時。
 余談であるが、俺はこの時間が好きだ。登下校を言い訳に隣を歩けるから。
 そんな俺を見る女子に混ざって、男子の視線がちらほらとあった。

「おい見ろよ、楠原さんいるぞ!」
「よっしゃ! 今日はいい日になりそうだぜ」
「……まっじで可愛いよな。……うぜぇ、我妻の野郎」

 結衣を下品な目で見る男子生徒の姿。さりげなく俺は結衣を隠すように歩く。ついで、俺は目を細め威圧的にそいつらを睨み付ける。誰が結衣を「そういう目で」見ていいと言ったんだ。絶対に許さないからな。
 男たちは俺の表情を見て、さっと顔を青ざめさせた。

 ……結衣は俺のなんだよ。

 結衣が可愛いってことは俺だけが知っていればいい。
 誰よりも隣で見てきたのは、俺だ。ずっと俺が見てきたんだ。
 これからも俺だけが結衣の可愛さを独占できればいいのに。

 ドロッとした感情と共に、今は俺だけが独占している事実が相まって口角が上がって。自己肯定感が低い結衣は、周囲からの視線を「悪い評価」だと認識している節がある。本来ならば訂正すべきだろう。
 お前は不細工じゃない。世界で一番可愛くて素敵な人なんだ、と。

 でも、それはいまじゃない。それを告げるのは。
 俺と結衣が恋人として結ばれ、全てを独占できた時だ。
 誰にも結衣を奪わせない。……って、いけねぇ。
 
 結衣のことになると、つい物事が見えなくなっちまう。
 ただ、まぁ、結衣が可愛すぎるんだ。ずるいって。

(……好きだ)