私は、ノックもせずに幼馴染みの部屋に足を踏み入れた。
 幼い頃からの付き合いだ。これぐらいは日常茶飯事。
 ベッドを見てみれば、すやすやと彼は眠っていた。
 
 彼――一ノ瀬我妻は、普段のクールっぷりと打って変わって寝顔は子供みたい。だけどこれを突っ込むと不機嫌になるからほどほどにしないとね。いつも通り、私は彼が眠っているベッドに近づき、

「あずま~! 起きて、もう朝だよっ……!」

 私が声を掛けると、我妻は「んん」と吐息混じりの声を漏らした。
 だが起きる気配は感じられない。だが、これも想定の範囲内。 
 もう一度声を掛け、同時に身体をゆさゆさと揺らした。

「お~き~てっ! 遅刻してもいいの?」
「……あと、ちょっと。……だめか?」
「ダ~メ。大事な成績に響くよ!」

 彼の申し出を私が断ると、ようやっと起きる気になったらしい。
 我妻は瞼をそっと上げて、カーテンの隙間から差し込む陽光を眩しそうにした。
 のっそのっそと身体を起こしながら、欠伸を彼は噛み締めた。
 
「くぁあ。……ねみぃ」
「まったく。また夜遅くまでゲームしてたんでしょ」
「…………そんなことない」

 分かりやすい嘘だった。私はくすっと微笑を洩らした。
 高校ではクールで通っている我妻だけど、朝は昔から弱いままだ。
 そんな抜けた部分が幼馴染として可愛らしく見える。

 ただ、甘やかしては彼の為にならない。もうお互いに高校生だ。自分のことは自分でやってもらわないと。ただ、我妻が朝に強くなってしまったらそれはそれで寂しい私がいた。それがなんだかおかしくて、

「結衣、なに笑ってんだよ」
「なんでもな~い。ほら、さっさと顔洗ってきて」
「……んあ。わーった」

 やや釈然としていない表情ながら、素直に動く我妻。
 だがその動きがまるで亀さんみたいに遅いので、私は背中を押すことにした。
 いつの間にか彼は私より身長がずっと大きくなって、背中も広くなった。

「結衣ちゃん、今日もありがとう~。我妻ってば、私が声かけても無視するのよ」
「ちょ、母さん。いらんこと言わんでいいから。結衣も聞くんじゃねぇよ」
「やっぱり結衣ちゃんがいいってことよねぇ。うんうん、お母さん安心」

 我妻が顔を洗い終わり、リビングに二人して向かうと我妻ママがご機嫌だった。子供のころからお世話になっている我妻ママのことが私は大好きだ。だというのに我妻本人は絶賛反抗期なのか、口調が鋭い。

「うるせぇ。……あぁ、もう朝飯くれッ」
「はいはい。結衣ちゃんは? もう食べてきちゃった?」

 私がまだ食べていないことを告げると焼き立てのトーストの登場。
 何気ない日常。私は、これがずっと続くと思っていたんだ。