海沿いのパーキングに車を停めると、二人で砂浜を散歩する。

「わー、気持ちいい!」

菜乃花は両手を広げて胸いっぱいに深呼吸すると、にっこりと可愛らしい笑みを向けてくれる。

その姿に思わず頬を緩めつつ、三浦はやるせなさを感じていた。

自動販売機で缶コーヒーを買うと、ベンチに並んで座って海を眺める。

ザッと打ち寄せる波の音に、二人は心穏やかに耳を傾けていた。

「ねえ、菜乃花ちゃん」
「はい」
「プロポーズの返事なんだけど…」

そう切り出した瞬間、菜乃花がうつむいて身を固くするのが分かった。

そしてそれが、菜乃花の率直な答えなのだと三浦は悟った。

「ごめん。プロポーズは取り下げさせて欲しい」

え…、と菜乃花が目を見開く。
三浦は海を見ながら静かに話し始めた。

「俺は菜乃花ちゃんの飾らない笑顔が好きだった。子ども達にも明るく本を読んでくれる、菜乃花ちゃんの優しい声が大好きだった。大切に、ずっとそばで君を守っていきたいと思っていた。だけど、俺じゃ無理なんだって気づいたんだ」

菜乃花は何も言えずに三浦の横顔を見つめる。

「君の本当の笑顔を引き出せるのも、一番大事な時にそばにいてあげられるのも、君が素直に自分らしくいられるのも、全部相手は俺じゃない。どんなに俺が君を幸せにしたいと思っても、君は俺のそばでは幸せになれないんだ」
「そんなこと…」

思わず菜乃花が首を振ると、三浦はふっと微笑んだ。

「君は俺との結婚も真剣に考えてくれたよね。長い間ずっと悩みながらも、こうやって一緒に出かければ、いつも楽しそうに笑いかけてくれる。今も、俺の言葉を否定してくれた。でもそれは、君が優しいからだよ。俺のことを好きな訳ではないんだ」

菜乃花は思わず言葉を失う。
なんと答えていいのか分からない。
自分の本心も、三浦の言葉も、どれが本当なのか分からずただ呆然としていた。

「菜乃花ちゃん」

優しい声で三浦が呼びかける。

「君は本当に純粋な人だよ。心が綺麗で思いやりに溢れた人だ。俺は君と出逢えて幸せだった。君には誰よりも幸せになって欲しい」

思わず菜乃花の目から涙がこぼれ落ちる。

「信司さん、私…」
「菜乃花ちゃん。焦らなくていいから、自分の気持ちに素直になってみて。今まで俺に縛られて、どこか抑え込んでいた気持ちがあるはずだよ」
「そんな、私…、そんなこと」
「ほーら、泣かないの!でないと俺の決心が揺らぐでしょ?思わず抱きしめたくなるのを、今必死に我慢してるんだからね」

明るく笑う三浦に、菜乃花はなんとか涙を堪らえようと唇を噛みしめる。

「幸せになるんだよ?菜乃花ちゃん」

そう言うと、ポンと菜乃花の頭に手を置く。

菜乃花は涙で潤んだ瞳で三浦を見上げ、小さく頷いてみせた。