「ありがとう、さようなら」

 そう書かれた紙切れが落ちていた。そしてその言葉の続きは屑籠に捨てられていた。

 今までありがとう。君がいてくれてよかった。辛いことがあったら相談してって、力になれたら嬉しいからって、言ってくれたのに。ごめんね、なんにも相談できなくて。
 私が悪いって分かってる。でもね。最後に、誰でもいいから聞いて欲しかったんだ。
 何で私だけ酷いこと言われて、酷いことされなくちゃならなかったの?生まれつき、ただ目が悪くて、耳が遠いだけなのに。お母さんが悪いわけじゃない。私を産んでくれてありがとうって言いたい。でも、恨んでしまいたい気持ちも心の中には潜んでいる。それは辛くて辛くてどうしようもない時。いっその事お母さんのせいにしたほうが楽なんじゃないか?私がされた事、全部お母さんのせいにして仕舞えば私は辛くなくなるんじゃないか?そう思ったりもした。
 でも、君は違った。私を庇ってせいで酷いことされた。それなのに君は私を恨むこともせずにそばに寄り添ってくれた。それが嬉しかったんだ。でも、それはただの甘えだとわかっていたの。君だって辛いはずなのに、「大丈夫だよ。僕は大丈夫だから」って。それしか言わない。私だって君の力になりたかった。でも、なれなかった。私には力不足だった。
 君のことを大人に言っても私のことは信じてもらえない。周りの子達は私と君が悪いことにするんだ。当然大人は周りを信じた。私が言っているからだ。体が不自由な私は知能も遅れていると、そう思われていたのだと思う。今思えば、君には取り返しのつかない事をしてしまったと思う。
 だから本当にごめんね。そして今まで本当にありがとう。君に出会えた事が私の人生で何よりの幸せだった。

 短い文で綴られた文字は少し震えていて、涙で滲んでいて……そしてとても切なそうだった。












 これは僕と君が一緒に歩んだ一年ちょっとの物語。








 僕と君の出会いはとてつもなく普通だった。

「どこに行くのか教えて下さい。わたし、耳があまり良くなくて……」
「あ、はい」

 僕は相手に聞こえていないと思われる返事をし、そこら辺にあった紙を手繰り寄せた。そこに「朝会だから体育館へ行く」と書いた。それを読んだ彼女はこくりと頷き、「ありがとう」と返し、そのまま体育館の方へと向かって歩いて行った。今思えば一目惚れだったのかもしれない。
僕も後を追う様に体育館へと足を向けた。
 彼女は前から2列目の窓際、そして僕は彼女の隣だった。普段あまり席に座っている所を見かけないし、自分から声をかけるタイプでもなかったので、席が隣になっても話すことなく1ヶ月と言う月日が経ってしまっていたのだった。

 僕はこの出来事がきっかけで君と話す様になったんだ。
 僕は彼女に勇気を出して声をかけた。普段自分から声をかけることなんてほとんどない僕には初めてのことだった。

大橋快斗(おおはしかいと)って言います。君は?」

 僕はそう書いた紙を彼女の前に差し出した。その問いに彼女も筆談で答えてくれた。

星野友希(ほしのゆき)って言います』

 僕の自己紹介の紙にそう付け足して返してくれた。彼女、星野さんはゆっくりなら口の動きで大体の会話は理解をすることが出来るそう。今までそうして人の話を聞いていたらしいから。

『私と長く一緒にいない方がいいよ』

 突然そう書いた紙を渡してきた。何故そんなふうに言われたのか分からない。僕はその時、何故?と、聞こうとした。だが、ちょうどチャイムがなってその言葉を発する事は出来なかった。
 その次の日も僕は彼女に話しかけた。結構な頻度で休んでいるのは元々知っていたから、何故休んでいるのか?と聞いたら、体が弱くてすぐに体調を崩してしまう、と帰って来た。

 僕の日常は彼女に埋め尽くされていった。施設育ちの僕は人の温もりというものを知らない。その為か少しでも優しくされるとすぐに心を許してしまう。

一も発される。「そろそろ授業始まるから」と言う言葉。なぜそんなにも僕を遠ざけるのか?

 そんな疑問は彼女の言葉を待つまでもなくその疑問は解決した。

「おい、お前誰だ?こいつと何話してた?場合によっちゃあお前も懲らしめなくちゃならなくなっちうけどいいか?」
「星野さんとは少し会話をしていただけだ」
「そうか、そうか。お前みたいなボンクラにはわからねぇよなぁ?こいつ、耳が聞こえないんだぞ?こんな身体障害者がこの教室に居たら迷惑でしかねぇ」
「だからなんだ?彼女には彼女なりに考えがあってここに来ている、それを否定する権利なんてお前らにはないと思うんだけど?」

 ここまで言うと向こうは固まってしまった。何かいけない事を言っただろうか?人と関わることを避けてきた人間にはその理由が分からなかった。

「あぁ?お前、俺に楯突くのか?はっ!いい度胸してんじゃねぇか。お前、名前は?」
「大橋快斗」
「そうか、快斗。覚えたぞ?今日、放課後屋上に来い」
「あぁ?」

 それだけ言い残し、彼らはさっていった。僕は何が何だかわからないまま返事をしてしまった。この返事はしてはいけないものだと後で思い知らされる事になる。

「大橋くん‥‥ごめん、ごめんね。私のせいで、うぅっ」

 何故かこの時彼女は涙を流していた。そして僕はこの涙を一生忘れることができないと思う。彼女の涙は、とても綺麗だった。ポタポタと床に落ちていく涙を拭いたい衝動に駆られたが、流石にそんな事をするわけにはいかず、ハンカチを差し出した。
 ドクドクと大きく波打つ心臓を左手で押さえつつ、彼女に笑顔を向ける。