エレは魔法が嫌いです。
 それは、シュトロイゼル先生にも知られています。……知られてしまいました。
 きっかけは、資料の片付けをしている最中でした。
「……これも、魔法の資料……?」
 まとめられた紙束を拾い上げて、ぺら、と捲ります。
「ああ、そうだね。それはお菓子魔法の研究資料だ。感情に左右される魔法の……」
 長く続く片付けに何処か疲れた様子だったシュトロイゼル先生でしたが、資料について聞くと饒舌になりました。……なんだか、そういうところはソルティさんに似ているような気も、したりしなかったり。
「……ところで、エレくん」
「はい、なんでしょう?」
 身近なひととの接点を見つけて、ほんわかしていたエレに、シュトロイゼル先生が問いかけます。
「エレくんの得意な魔法はどんな魔法かな」
 はらり。
 ……エレの、地雷を踏み抜くその問いに。思わず持っていた資料を取り落としました。
 はらはらと落ち、また床に撒き散らされた紙たちのなかへ戻っていく資料。それを慌てて集めたシュトロイゼル先生は、心底不思議そうな顔をしていたことでしょう。
 ……当然です。この世界で、魔法が使えるのは本当に「当然」のことで。だからこそシュトロイゼル先生は当然のように、それを問いかけたのですから。
「わ、わたくしは……」
 エレは迷いました。
 脳裏によぎるのは、過去の記憶。

『……あなたは、本当に人間なのですか?』

 エレは、ぐ、と手を握りしめました。
「……わたくしは、魔法を使えません」
「エレくん……?」
「言葉通りですわ。わたくしには、本当に簡単なものでも「魔法」を扱うことが出来ないのです」
 戸惑いの色を浮かべていたシュトロイゼル先生の顔が、少しずつ思案の色に変わっていくのを、エレはどこか他人事のように見ていました。
「エレくん」
 しばしの間を開けて、シュトロイゼル先生は言うのです。
「魔法を使えないと言うのは、君にそんな顔をさせてしまうようなことなのだね」
「……」
 エレは、そのときどんな顔をしていたのでしょうか。