さて、お昼ご飯も調達し。あとはシュトロイゼル先生の元へ向かうだけです。
 もはや開放されているのも同然な、常に開け放たれた門を通ろうとした、そのときでした。
 また知った顔を見つけて、エレは彼らに駆け寄るのです。
「ニュイ様、ルージュ様。おはようございます」
 白い髪の青年は、細めた目をそのままに口元は笑みを形作ります。
「ああ、おはようエレ。今日も早いね。ねえ、ルージュ」
 「ルージュ」と呼ばれた女性は、その名の通り真っ赤な髪を揺らして、ぱっと明るい笑みを浮かべるのです。
「おはようエレ。ええ、今日も精が出るわね。ね、ニュイ」
 彼らは息を合わせたように同じ動作でエレに、優雅に一礼を。
 これも、いつものことでしたので。エレも特に態度を変えることもなく礼を返しました。
「……また王子を探していらっしゃるのですか?」
 彼ら――ニュイとルージュは王宮に仕える魔導師です。
 ふらふらと遊び歩く王子を連れ戻す役目を任されているのも、エレはよく知っていました。
 それに、実際今日もタルトレット様は町に降りてしゅーちゃん先生を追いかけているのですから。連れ戻されるのも道理でした。
「うん、それもあるんだけどね。ねえ、ルージュ」
「ええ、今日は少し違う用事もあるのよ。ね、ニュイ」
 ね、と視線を合わせたニュイとルージュは、くすくすと。何処か妖しげな笑みを浮かべます。
「今日はね、ロイ先生に用事があるんだ。ねえ、ルージュ」
「ロイ先生に頼んでいた研究資料を取りに行くの。ね、ニュイ」
「……」
 エレはしばらくふたりの言葉を噛み砕いていました。
 そうして、
「あ、シュトロイゼル先生のことですか」
 ようやくその答えを導き出しました。あまりにも「シュトロイゼル先生」と呼びすぎているので、すぐに愛称が出てこなかったのです。
「うん、そうだよ。ねえ、ルージュ」
「エレも「ロイ」って呼べばいいのに。ね、ニュイ」
「そ、それは」
 口ごもってしまったエレに、ニュイとルージュが顔を見合わせます。
「……」
「……」
 そして、ふたり揃ってにやにやと。もはや隠す気もなく興味とからかいが半々の笑顔で言うのです。
「青春かしら、ニュイ」
「青春だねえ、ルージュ」
「そ、そんなんじゃありません!」
 はっきりと否定した筈、だったのですが。ニュイとルージュの笑顔は深まるばかりです。
「むきになって否定すると余計怪しいよ? エレ」
「ルージュに全面的に賛成だよ? エレ」
「やめてください!」
 もう、知りません!
 そう言ってエレは門の外へと駆け出しました。
 ああ、これからシュトロイゼル先生のところへ行くのに。どんな顔をして会えばいいのですか。いえ、そもそもわたくしとシュトロイゼル先生はただの雇用関係であるのでしてわたくしが気にすることでもないというか、……なんでわたくしこんなに動揺しているのですか!?
 エレの胸の内の叫びは、当然誰にも聞かれることはなく。
 もうすぐ、シュトロイゼルの屋敷が見えてくる筈です。ああ、平常心。平常心をわたくしにください。 


「……」
「……? どうしたの? ニュイ」
「いや、なんでもない。なんでもない筈だよ。ルージュ」