○櫻見高校2年3組

誰もいなくなった教室で対峙する唯香と冬木。

冬木「浅葱唯香、俺と付き合え」
唯香「!?」

冬木は唯香に、紙束を押し付ける。
受け取った唯香がよく見ると、それは、

唯香「……台本?」

タイトルは『花咲く願いの恋いろは』。

唯香「今度ドラマになるって言ってた――」

唯香の反応に頷き、冬木は、

冬木「そうだ。俺はこれの主役を狙ってる」

冬木は真剣な目で唯香を見る。

冬木「俳優転向のまたとないチャンスなんだ。このオーディションには絶対勝ちたい」

冬木の言葉の脈絡がわからず、唯香はただ冬木を見返す。

冬木「――だが、今のままの俺の演技じゃだめなんだ。俺のセリフは人に届かないと言われた」

悔しそうに手を握り締める冬木。

冬木「一人で練習しても、どうしてもだめなんだ。相手役がいないと……そう思って探してた時、見つけた」

冬木の瞳に射貫かれ、半歩後ずさる唯香。

冬木「浅葱唯香、お前を」
唯香「な、なんで私……?」

冬木は自分の分の台本を取りだし、ぱんと表紙を示す。

冬木「お前はこの本に書かれているヒロインのイメージそのままだと思った」
唯香「そ……そんなわけない!」

しずくの語ったヒロイン像を思い、つい強く否定してしまう唯香。
思いの外強い語気に冬木が一瞬驚いたのを見て、

唯香「あ……そ、それに私演技とか全然わからないし! 冬木くんの力にはなれないよ」
冬木「そんなことは問題じゃない」
唯香「でも……っ」

唯香、この場から逃げようと踵を返そうとする。
気付いた冬木、唯香に向かって手を伸ばし――

○櫻見高校2年廊下

電話を終え、校舎に戻ってくる彼方。
教室から聞こえてくる声に気づく。

○櫻見高校2年3組教室

困惑する唯香。
冬木が唯香の手を掴んでいる。

冬木「頼む! 一目見た時からこの話のヒロインはお前以外に考えられないと思ったんだ。お前に向かって言えば、このセリフは完成する……そんな気がするんだ!」

冬木の言葉に懇願が滲む。

唯香「そんなこと言われても困――」

そこへ、横から現れた影(彼方)が冬木の手を掴み、唯香の手から離させる。

冬木「……っ」
彼方「何してる? 俺の友だちなんだけど」

絶対零度の瞳で冬木を見る彼方。
ぐっと言葉につまる冬木。

冬木は彼方の手を振り払うと唯香を指さし、

冬木「……俺は諦めない、浅葱唯香!」

そう言い捨て、勢いよく教室から出て行く冬木。
唯香はほっとため息を吐いて、それを見送る。

彼方「大丈夫?」

彼方は心配そうに唯香を見る。

唯香「うん、ありがとう」

安心させようと笑いかける唯香。
彼方は唯香の髪をすくって、耳にかけてやる。

彼方「奥さんが困ってる時、駆け付けて助けになるのが夫だと思うから。だから感謝とかいらない」
唯香「……うん」

唯香(こんな時までなりきりしなくていいのに……でも)

くすっと笑う唯香。

唯香(ちょっとほっとした)

彼方「帰ろう」

ドアの方へ向かいながら、振り返って唯香に手を差し出す彼方。唯香はそれを見つめる。

唯香N『当然のように与えられるぬくもり。彼方のお嫁さんになる人は、この愛情を一身に向けてもらえるんだ』

唯香は切なく微笑んで、小声で呟く。

唯香「――それでも。……ありがとう」

彼方の服の裾を掴んだ。

そんな二人の様子を、陰から見ている存在がある。
遠くで、男女とも判別がつかない。

○蓬莱家・玄関

玄関扉を開けて入ってくる彼方と唯香。
土間から上がろうとする唯香に、

彼方「待って」
唯香「?」
彼方「おかえりのキス」

そう言って唯香の額に唇を落とす彼方。

唯香「んなっ……」

少しかがんで、唯香に視線を合わせる彼方。

彼方「俺もされる方の気持ち、味わってみたい」

かああっと赤くなる唯香。
迷いつつ、少し背伸びして彼方の頬にキスする。

唯香「……こんな、感じです」

彼方はくすぐったそうに笑って、唯香の頭をぽんぽん。

唯香N『たとえ叶わない思いでも、彼の力になれているならそれでいい』

唯香も彼方を見て笑い返す。

唯香N『この時、私はただそう思っていた』

○蓬莱家・リビング

唯香は台所で晩ごはんの用意をしている。
机の上に唯香の携帯が置きっぱなしにされており、SMS(メール)の着信通知が。

『遙コナタの正体はわかっている』
『公表され、日常生活を壊されたくなければ男と縁を切り、冬木涼太郎の言葉に従うこと』
『写真が送信されました』