○櫻見高校2年3組

朝の始業前の教室。
クラスメイトが思い思いに談笑する中、自席の唯香は少し寝不足気味で、目をこすりながらあくびをしている。

朝練帰りのしずくが前の席から振り返り、
しずく「大丈夫? あんたがあくびなんて珍しい」
唯香「うん、ちょっとね……」
遠い目になる唯香。

○(回想)蓬莱家・リビング(夜)

荷物を置き、向き合っている唯香と彼方。

唯香「で、結婚生活の体験って何すればいい?」
彼方「とりあえず夫婦っぽいことをやってみたい。俺からお願いするから、唯香はなるべく自然に応えてくれたら大丈夫」
唯香「わかった」

彼方の話を聞きほっとしたのか、唯香のお腹がぐうと鳴った。

唯香「あ……」
彼方「まずは晩ご飯、かな」

×××

彼方、ご飯を食べ終わり箸を置く。

彼方「唯香の作る料理はうまいな……」
唯香「へへ」

唯香、空いた皿を流しへ運ぶ。

○(回想)蓬莱家・台所(夜)

流しで皿洗い中の唯香のもとへ、彼方がやって来る。
彼方、後ろから唯香をハグ。
耳元で、

彼方「ありがと」
唯香「~~っ!」

顔を赤くする唯香。

○(回想)蓬莱家・リビング(夜)

風呂上がりの唯香、ジャージに着替え、肩にタオルをかけている。
髪はまだ濡れた状態。

すると、ソファでテレビを見ていた彼方が手招き。

彼方「おいで」
唯香「?」

唯香が彼方に近づくと、彼方は隣に唯香を座らせ、

彼方「濡れたままじゃ風邪ひく」

彼方、唯香が首にかけていたタオルで唯香の髪をわしゃわしゃする。

唯香「!」

唯香が驚いている間にドライヤーを持ってきた彼方は、それで唯香の髪を乾かし始める。
彼方の指が何度も唯香の髪を撫でる。
赤くなった顔を隠すためうつむく唯香。

唯香(こ……こんなの、意識しないようにするなんて無理~~……!)

その時、ドライヤーの風の音に紛れて、小さな声が唯香の耳に届く。

彼方「あー……好きだ」
唯香(!?)

唯香は緊張から動けないまま、今は背を向けた状態の彼方の様子に神経を集中させる。

唯香(今のって……)

しかし唯香ははっとして、

唯香(そういえば彼方って書きながらブツブツ言う癖あったよね……今なにかセリフ閃いたのかな……)

そう思い至り、唯香は心頭滅却して目を瞑り、すべてを彼方に預けた。
彼方はその様子を複雑な表情で見ている。

そのうちに髪が乾き、彼方は唯香の髪にさらっと手櫛を通し、

彼方「できた」

愛しいという思いを隠さずに唯香を覗き込む。
その表情を見た唯香は胸を押さえ、

唯香(どうしよう……もう幼馴染としてなんて見れないよ……沈まれ心臓!!)

○櫻見高校2年3組

自席でしずくと向き合っている唯香。

唯香「まあ……色々ありまして……」
しずく「?」

その時、教室の女子たちがわっとざわめく。
廊下を冬木涼太郎が通ったのだ。
すらっと上背があり、少し癖のある黒髪が彼をオシャレに見せることに一役買っている。

しずく「わ、冬木だ」

女子1「うわ~冬木君だ! 今日のビジュも最高」
女子2「モデルなんだからそりゃそうでしょ」
女子3「ねぇ聞いた? 冬木君『花恋』の主役オーディション受けるんだって」
女子1「えー冬木君が出るならあたり見た~い!」
女子2「ねー!」

女子生徒たちの声につられて、唯香も何気なく冬木の方に目をやる。
するとバチッと冬木と目が合う。
冬木も「!」となる。
慌てて目をそらす唯香。

しずく「人気者は大変だね~、廊下歩くだけで大騒ぎじゃん」
唯香「そうだね……」

唯香、気を変えようと、

唯香「あ、そういえば『恋花』ってどんな話なの?」
しずく「ん~、ずっとくすぶってた文学少年が書いてた小説があって、それをはじめて褒めてくれる女の子が現れるんだけど、実はその子が余命数ヶ月だってわかって、その子のために小説を書くって話」
唯香「へぇ……」

しずくは、唯香が興味を持ったなら布教をしようと前のめりになり、

しずく「ヒロインの子がめっちゃ健気でさ、超泣けるんだこれがさ~」

唯香はそれを聞きながら、

唯香(そっか……きっと彼方が恋してる相手は、そういう素敵な人なんだろうな)

唯香、机の上で手を握り締める。

唯香(私みたいな平凡な、どこにでもいるような子じゃなくて)

唯香、想像の中で架空のヒロインに向かって手を伸ばすが、届かない。

しずく「唯香、どした?」
唯香「ううん、なんでもない」

その少し憂いを含んだ唯香の表情を廊下から見ている冬木。

冬木「……見つけた」

小さく呟き、去っていく冬木。
そこへ教室へ入ろうとした彼方が通りがかり、冬木の後ろ姿をじっと見つめる。

しずくと話している唯香のもとへやってきて、肩を叩く彼方。

唯香「あっ……と、蓬莱くん……」
彼方「ごめん、ちょっといい?」

その様子を見たしずく、
しずく「あたしちょっとトイレ~」
と離席する。

唯香「えっと……どしたの? 珍しいね、学校で声かけてくるの」
彼方「今日、帰り……」

何気ない調子の彼方。

彼方「しょうゆ買って帰ってもらっていい?」
唯香「!?」

唯香(教室でそういう話はだめだよ彼方!! みんなに変に思われたら――っ)

焦る唯香。
唯香の想像の中で、
想像上のクラスメイト「蓬莱くんと浅葱さんって一緒に住んでるんだって」
想像上のクラスメイト「えっなんで!?」
想像上のクラスメイト「結婚したってホント?」
想像上のクラスメイト「嘘うそ。蓬莱くんの小説のネタのために――」
想像上のクラスメイト「えっ、蓬莱くんってあの『遙コナタ』なの!?」
想像上のクラスメイト「サインもらわなきゃ!!」

と話が展開していく。

唯香(多方面にダメ~~~~!!)

頭を抱える唯香。

唯香(彼方はたぶんクラスのみんなに自分が小説書いてるって知られたくなくて正体隠してるんだ。何としても秘密を守らないと)

百面相している唯香の様子を見た彼方、唯香の決意を知らず、少し楽しそう。

彼方「(小声で)こういうの、新婚っぽくない? 二人で秘密の話するの……♪」
唯香「それどっちかっていうと不倫じゃない……?」

そこへ遠くから、何もしらないしずくが「二人ともどーしたのー?」と手を振る。