○櫻見高校2年3組

LHR中の教室。
担任教師の平井先生が小テストを返却中。
黒板には「平均点70」と書かれており、
生徒たちは小声でざわつきながら、呼ばれた生徒から席を立って教壇へ向かう。

そんな中、浅葱唯香は頬杖をついて、窓ガラスに映った自分を見ている。
唯香N『平凡な容姿、取り立てて特技もなし――』

平井「――浅葱」
唯香「はい」

名前を呼ばれ、唯香がテストを受け取る。
唯香が受け取ったテストは平均点ジャストの70点。
少し不服そうな表情の唯香、ため息を吐く。

唯香N『テストをすれば平均点』

唯香が席に戻ると、前の席で熱心に文庫本を読んでいた沢田しずくが振り返る。

しずく「ねえ唯香、これ読んだ!?」

しずくが手にしているのは『花咲く願いの恋いろは』というタイトルの本。
やせ型でスポーティな印象のしずくが持つには少し意外性のある、可愛らしい雰囲気の装丁。
作者名は『遙コナタ』。

その名前を見た唯香は、少し困った表情で、
唯香「あー、私その人の本は……」

言葉を濁し、目をそらす唯香。
教室では他の女子たちがスマホを見せ合って盛り上がっている。
女子1「ねー見て、昨日の冬木くんの動画!」
女子2「やばカッコいいんですけどー! 同級生にこんな人いるとか一生自慢できるわ」
女子3「んー私は蓬莱くん派かなー」

そんな唯香に、しずくはぱらぱらと本をめくってみせ、
しずく「いやーこれ朝読書用に買ったけど明日まで待てんて。一気読みだわ」
唯香「そんなに?」

しずくは愛おしそうに本を胸に抱き、
しずく「めちゃめちゃ切ないけど、一生に一回でいいからこんな恋したいなーってなる」
唯香「へぇ」
しずく「これ書いた人も絶対そういう恋してるんだろうなー」
まだ見ぬ作者に思いを馳せるしずく。
唯香「私も機会があったら読んでみるよ」
しずく「あ、でも」

しずくは唯香を見て、
しずく「唯香には泣きたくなるような苦しい恋より、普通に幸せな恋して笑ってる方が絶対似合うと思う」
唯香は、『普通』という言葉に反応し、苦笑い。

平井「浅葱―」
テストを配り終えた平井先生が唯香を手招きする。

平井先生は小テストの他、連絡事項のプリントなどを束ねたものを手渡しながら、
平井「これ蓬莱のとこまで頼めるか?」
唯香「はい」

その様子を恨めしそうに見ているクラスの一部の女子。

○蓬莱家の前

制服のまま、彼方の家を見上げる唯香。
手には平井先生から預かったプリント類のほかに、小ぶりな紙袋をさげている(差し入れのプリン)。

唯香N『平凡な私の、唯一平凡じゃないこと。それは――』

彼方の家に入る唯香。

○蓬莱家・リビング

唯香、そっと中を通り抜ける。

唯香「お邪魔しまーす……」

リビングは無人。
唯香は二階へ向かう。

○蓬莱家・彼方の部屋

少し空いているドアから中を覗く唯香。
部屋の中には、真剣な表情でPCと向き合う蓬莱彼方の姿があった。
物静かな風貌だが、射るように
その表情を見て、胸を高鳴らせる唯香。
彼方のPCの周りには、『遙コナタ』の本がズラッと並んでいる。

唯香N『隣の家の幼馴染みが、超売れっ子作家『遙コナタ』だということ――』

物凄い速さでキーボードを打っていた彼方がふと手を止め、顔を上げる。
唯香と目が合った。

唯香「お疲れ様」

彼方、表情を和らげて
彼方「ごめん唯香、来てくれてたのか」
唯香「うん」

唯香N『これは私だけが知っている。クラスメイトには秘密だ』

彼方、部屋のドアを開けて唯香を招き入れる。

彼方「もしかしてまた結構日、経ってる?」
唯香「一週間くらいかな」

預かってきたプリントを手渡す唯香。

彼方「うわそんなにか。まだ3日くらいだと思ってたのに」

苦笑する彼方。
唯香「彼方って本当に集中するとすごいよね」
彼方「いつもごめん」

唯香「また何か詰まってたの?」
唯香、ひょいと部屋の中のPCを覗こうとするが、
彼方がそれを遮る。
彼方「ちょ、見るなよ……さすがに恥ずい」
微かに赤くなっている彼方に、唯香も少し照れて、
唯香「あ、ごめん……」

二人の間に何とも言えない空気が流れる。
唯香、手元の紙袋に目を落とし、
唯香「そしたらちゃんとしたご飯の方が良かったかな……」
紙袋の中には手作りプリン。唯香が家から持ってきたもの。

彼方「うわめっちゃ嬉しい。ちょうどキリいいとこまで来たから、お茶いれる」
彼方、唯香を階下へ導き、
彼方「唯香も食べてくだろ?」
唯香「うん……!」

○蓬莱家・二階廊下

唯香、彼方を追いかけながら
唯香「ごちそうになります、『遙コナタ』先生♪」
彼方「やめろって」
笑い合う二人。

唯香N『私がしずくに薦められてもあの作家の本に手を出さないのは、これが理由だ』

○蓬莱家・リビング

食卓には空になったプリン皿と紅茶のカップ。
スプーンを置き、唯香、二人分の器を片付けて流しに持っていく。

唯香「ご飯はちゃんと食べてるの?」
彼方「んーまあ……」

彼方、目をそらす。
その様子に苦笑する唯香、流しから声をかける。

唯香「こんなことでよければいつでも手伝うから、困ったことがあったら何でも言ってよ」

○蓬莱家・台所

唯香、プリンの器を洗いながら。

唯香N『私は書いているときの彼方が好き』
唯香N『その力になれるなら、何でもしてあげたい』

唯香N『たとえ彼方の心が別の人を向いていたとしても』
痛みをこらえる表情の唯香。

唯香の脳裏に、しずくの言葉がよぎる。
しずく『これ書いた人も絶対そういう恋してるんだろうなー』

彼方の声「――何でも、って言った?」
唯香「え?」

いつの間にか唯香のすぐ近くにいた彼方。
サラ……と唯香の髪に触れる。

彼方「本当に、何でも手伝ってくれるの?」

唯香の耳元でささやくように尋ねる彼方。
唯香は思わず頬を染める。

唯香「えっ……う、うん……私にできることなら……」

すると彼方は唯香を壁際に追い込み、壁ドン。そして、

彼方「じゃあ、結婚しよう」
唯香「!?!?!?」