橙和「僕たちも婚約して、一緒に暮らそうって話してるんですよ」

帆音「(橙和、どうしちゃったの?!
何言ってるの?!)

混乱と困惑の眼差しで橙和を見つめる帆音。

橙和が帆音の耳元に口を寄せて、ささやく

橙和「大丈夫だから。少し俺にまかせて」

帆音(まかせる?!)

娘の結婚と言うワードに抜け殻のようになっている謙人と、その様子を心配そうに見つめるあかり

帆音モノ:どういうつもりなの、橙和…

抱きしめていた帆音をそっと離して、
姿勢を正す橙和。

橙和「おじさん、あかりさん、
この度はご婚約とご懐妊、おめでとうございます」

頭を下げる橙和

謙人「あ、ああ。ありがとう」

橙和「それで、今、帆音が俺と結婚って聞いて、動揺しました?」

謙人「そりゃあ!一体どういうこと?!
説明してくれよ橙和くん…!」

橙和「帆音もね、動揺してるんですよ」

謙人「え?」

帆音(あ…)

橙和「帆音だって、おじさんとあかりさんの結婚や妊娠に、めちゃくちゃ動揺してるんです。

祝福はもちろんしてるだろうけど
すごく不安になってる。

だって、
帆音にとっておじさんは、
たった1人の大事な家族だから」

謙人とあかりが切ない表情で帆音を見つめる

謙人「帆音…ごめん」

心から申し訳なさそうな顔の謙人
謙人から顔を背ける帆音。

帆音「ちがうよ。やめてよ、橙和。
私別にそんな…大丈夫だし」

橙和「泣いてたでしょ。
1人になっちゃうって」

バラされたのが恥ずかしくて
赤くなり、ムキになる帆音。

帆音「やめてよ!私は別に…」

帆音の目から涙が落ちる。次々落ちる。
帆音(どうしよう…!止まらない…)

帆音「せっかくの、お祝いの席なのに…」

帆音(なんでこんなこと言うの!台無しじゃん!)

涙を拭いながら下を向く帆音。
泣く帆音の側に寄る謙人。

謙人「帆音…!
いいんだよ。大丈夫。
ごめんな。帆音の気持ち、置いてきぼりにして。
動揺するのは、当然だよ。
泣いていい。気を遣わなくっていいんだ」

涙を流しながら、顔を歪ませる帆音。

帆音の視界に、心配そうに覗き込むあかりの姿が映る。

帆音モノ:ダメだ…!こんなの。

帆音が橙和の方に力強く振り返る。
帆音「橙和の、バカ!」

泣きながら、飛び出す帆音。
謙人「帆音…!」
追いかけようとする謙人

橙和「おじさんは…!」

大きな声で呼び止めて謙人を足止めさせる橙和

橙和「あかりさんとお腹の赤ちゃんについててあげないと」

橙和が切ない表情でそう言った。

橙和「さっき言ったこと、僕、本気です。
おじさんが変化するように
帆音だって、するんです。
おじさんと帆音は、これからどんな関係を築いていくんですか?」

何も言えず、立ち尽くす謙人

○橙和の家の玄関

帆音の家の玄関を開けて、隣をのぞくと、
帆音が橙和の家の玄関の前に座っていた

橙和「ははっ。すぐいるじゃん」
嬉しそうに笑う橙和。

帆音「だって…。行くとこなくて」

バツが悪そうな帆音。

橙和「だから言ったでしょ。
俺のところに来ればいいよ 」

そう言って橙和は、自分の家の玄関のドアを開けて
帆音にどうぞ?と中に入るのを促すポーズをとった。

橙和「入ろ?」

橙和を見上げる帆音。

帆音(橙和が、どういうつもりか分からない)
帆音モノ:でも

橙和の家の玄関に足を踏み入れ、中に入る帆音

帆音モノ:今は、お父さんから離れたい

○橙和の家のリビング
ソファに座る橙和と、仁王立ちの帆音。

帆音「それで、結婚て何?」

橙和「…。結婚ていうのは、
18歳以上の男女が、お互いの意思の元、婚姻届を役所へ提出して、法律的に夫婦になることで…」

流暢に話す橙和。

帆音「そーいうことじゃなくて!」

橙和「え〜?」

帆音「突然結婚とか、婚約とか一緒に暮らすとか…訳わかんない事ばっかり言って…なんなのよ」

橙和「でも、スッキリしたでしょ」

帆音「……?」

橙和「帆音が結婚するってなったら、おじさんあんなに動揺しちゃって。あたふた慌てて。ウケる…」

謙人を思い出して笑う橙和。
全然ウケてない帆音。

橙和「愛されてるじゃん、帆音」

帆音「……」
愛されてるじゃんと言われているのに、
苦しげな表情をする帆音。

帆音「分かってる。わかってるよ!でも…」

涙目になる帆音

帆音「嫌なんだもん
私だけのお父さんじゃなくなるのが。
結婚とか…
赤ちゃんなんて…
本当の子供ができたら、
私はひとりじゃん
本当にひとりじゃん。
寂しい…寂しいんだよ…」

橙和がそばにいって、胸を貸し、
頭をポンポン撫でる

橙和「よく言えました。よしよし」

頭を撫でられながら、
グシャグシャの顔で涙を流す帆音。
帆音(私、ここまで最低なこと思ってたんだ…)

○引き続き橙和の家のリビング

ソファに座る橙和と帆音

橙和の作ったたカフェオレの入ったマグを両手で持ちながら帆音が話す。

帆音「お父さんを動揺させるために、
結婚とか言ったの?」

橙和「うーん。まぁ…」
橙和(それだけじゃないけど)

帆音「そっか。
お父さん、困ってたのに、
私ちょっと嬉しかったや。
本当最低…あはは」

茶化すみたいに自分を責める帆音。

橙和「じゃあもっと困らせよっか」

帆音「は?」

橙和「帆音、駆け落ちして結婚してみない?」
2人で暮らそうよ」

涼しい顔で、大胆なことを言う橙和

帆音「え?今度は何…?!」

橙和「素直に祝福できる気持ちが湧くまで、おじさんを困らせてやればいいんだよ。

甘え足りて無いんだよ、帆音は。
ずっと良い子ちゃんだったから」

帆音(甘え足りて無い…?困らせる…?)

帆音「いや、お父さんには充分すぎる位良くしてもらってる。これ以上甘えるなんて…
むしろ私には今、親離れが必要なくらいで」

橙和「反抗したことある?」

帆音「え…」

橙和「甘えまくってわがまま言って。
それでも親子でいられるって確認しないと。
とりあえず今の不安からは先に進めないよ」

帆音「ええ〜…」
帆音(分からない…でも頭が良くて何でもできる橙和がそう言うなら、そうなのかな…?)

混乱する帆音

帆音「え?!それで駆け落ち…?
って、駆け落ちって何だっけ?!」

大混乱の帆音

橙和「駆け落ちとは、結婚を許されない相愛の男女が、ひそかによその土地に逃れること」
スラスラと答える橙和


帆音(結婚?!相愛?!逃れる?!)
帆音「え、待って。結婚を許されないのはどっちかというとお父さん達だし、相愛なのもお父さん達だし、私と橙和は違うくない…?」

ムッとした顔をする橙和

橙和「今は…そうかもしれないけど。
別にいいじゃん。許せない側が駆け落ちしたって。
目的はおじさんにわがまま言って
困らせることだし。」

帆音「なにそれ。めちゃくちゃだよ…」
呆れる帆音。


橙和「結婚て、幸せなものだと思うんだよね。」
突然話すトーンが変わる橙和。

帆音「へ?」

橙和「今、ウエディングソングのコンペに曲を出したくて、作ってるんだ」

帆音(ウエディングソング…)

橙和「俺はさ、知りたい。具体的に。



幸せな結婚生活ってどんなか。
結婚して家族を作るってどういうことか。
それを曲にしたい」

帆音「結婚して家族を作る…」

橙和「うん。
俺は親と血繋がってるけど、
いずれ本格的に、親から離れて行くと思う。

でも、寂しくも不安でもないんだ。
自分で家族を作れると思うから。
幸せなイメージなんだよ、結婚が」

帆音モノ:確かに私は、結婚に良いイメージがないかもしれない。結婚は、それまでの足場が崩れていく、グラグラと不安定で、怖いもの。

橙和「帆音、俺と結婚して」

帆音の手を握り、
真っ直ぐに帆音を見つめて伝える橙和
橙和の真剣な眼差しに、緊張した表情の帆音。

橙和「まぁ俺17だから、できないんだけど。
結婚ごっこ、してみよ?」

帆音「結婚ごっこ…」

橙和「うん。俺は曲を作るために。
帆音は、おじさんが再婚しても親子でいられるって確認して、
自分でも家族を作れるって安心するために。
結婚ごっこ」

帆音モノ:結婚生活がいい物だって思えたら、お父さんのこと、心から祝福できるかな…

帆音モノ(でも駆け落ちなんて、お父さんめちゃくちゃ困るだろうな…あかりさんにも迷惑かけちゃう…)

目を伏せて考え込む帆音

橙和「最後のわがままと思えばいいんじゃない?
あかりさんに赤ちゃんが産まれたら、こんな大きなお姉さんが、わがまま言うわけにいかないし」

ぷっと吹き出す帆音
帆音「確かに…そうだね」

帆音の左手の薬指を口元に持っていき
チュッとキスをした橙和

橙和「結婚、しよ?」
薬指に唇をつけたまま微笑んで聞く橙和
帆音「…うん」
帆音は頬を赤く染めて答えた。

帆音モノ:この時の「結婚」と言う言葉には、なぜだか少しワクワクした

○謙人の家のリビング
リビングに置かれた手書きの手紙

帆音モノ:というわけで
私は一世一代の反抗声明として
お父さんとあかりさんに手紙を書いた

手紙を読む謙人の姿

手紙の文:「お父さん、あかりさん
先日はお祝いの席を台無しにしてごめんなさい。
私の中に、2人の結婚を
寂しく思ってしまう私がいます
だけど、本当は祝福したいです
どうか少し、時間をください。

橙和と、駆け落ちしてきます。
結婚生活、私もしてみます。

橙和は信用できる人です。
私のことは、心配しないでください。

連絡は取れるようにしておくので、何かあったら連絡してください。

あかりさんが妊娠中の大変な時に、わがままを言ってごめんなさい。どうかどうか、お身体大事にしてください。

帆音」

神妙な面持ちの謙人
謙人「帆音…」

○橙和の借りた新しい部屋

ダンボールを2箱、ドンと玄関に置く橙和

橙和「これだけ?」

帆音「うん、ありがと。ここ借りたの?」
帆音は手に大きなバッグを持っている

橙和「このためじゃないよ。元々。
うち、去年から姉ちゃんと2人暮らしじゃん?」

帆音「うん。柑奈さん」

橙和「あいつ彼氏と同棲するとか言って。
親もまだしばらく海外だし
俺も音楽やりやすいところに越そうと思って、準備してたんだ」

帆音「そうなの?じゃあもうずっとこっちに住むってこと?!
寂しい!聞いてない〜」

橙和が、帆音の耳元で話す

橙和「今から一緒に暮らすじゃん」

ドキッとする帆音。耳に手をやり、顔を赤らめる。
それを見てニヤリと笑う橙和。そして静かに笑う。
橙和「ふふふ…」
真っ赤になる帆音
帆音「もう〜!からかうのやめてよ!」

○橙和の家、リビング

ソファに座る帆音と、キッチンに立つ橙和

帆音のスマホ画面に、謙人からのメッセージのポップアップが並ぶ

帆音「うわ!お父さんからめっちゃメッセージきてる…」
青ざめる帆音

メッセージの内容:「帆音、どこにいるの?大丈夫?食べてる?寒くない?心配だよ…。
一度ちゃんと話したいよ(涙顔のマーク)

帆音ちゃん、連絡ください

帆音ちゃん、心配してます」

橙和「俺にもめっちゃ着信来てるよ。
あ、また来た」

ヴーッヴーッ(橙和のスマホの着信)

着信をとる橙和

橙和「はい」

電話越しに聞こえる謙人の大きな声
謙人「橙和くん?!どういうこと?!
高校生2人だけなんて…ダメだよ!
とりあえず一度話を…」

橙和「おじさん、帆音は元気だし、
不自由はさせないから大丈夫ですよ。
それより。

帆音の最初で最後の反抗期、
こんなテンプレみたいな過干渉で片付けるつもりですか。

おじさんの愛、それで伝わりますか?

ここを逃したら、帆音のわがまま、
もう一生聞けないですよ」

橙和の言葉に驚きながらも、
自分を想っての言葉に感動している帆音の表情。

謙人「…分かった。一度冷静になるよ。
だけど橙和くん、くれぐれも帆音に変なことはしないように。たとえ橙和くんだって…」

橙和「俺は、帆音が嫌がることも、責任の取れないこともしませんよ。

おじさんこそ、あとから帆音が気に病まないように、しっかりあかりさんのサポートしてくださいね」

謙人「…!言われなくとも!!」
そういうなり謙人は怒って通話を切った。

帆音がびっくりした顔で、橙和を見ている。

帆音「あんなに怒るお父さん、初めてだ…」

橙和「必死なんでしょ。帆音が大事だから」

帆音モノ:そうなのかな。そうだったら、嬉しいな…

帆音(困らせてるのに、嬉しいなんて…本当こじれてるな)
自己嫌悪を感じる表情の帆音

橙和「さてと」
帆音のすぐそばに座る橙和 

帆音「?」
橙和が帆音の背中側から、バックハグをする

帆音「え?ちょ、何?」
橙和「うーん、確認。俺と帆音の境界線の」

帆音「は?!」

帆音の腰をぎゅっと抱きしめて、
首筋に手を這わせ、顔を近づける橙和

帆音「ちょっ、橙和…!?」
赤くなる帆音
帆音(首に…息が…。力、入らない…)
精一杯顔を逸らして、目をぎゅっとつむる帆音

橙和「帆音、こっち向いて…?」
大きな手で頭を撫でて、耳元で囁く橙和
ドキドキで混乱する帆音
帆音(ど、どうしよう…!)