それに比べて、我が身可愛さのあまりにここでそそとお嬢さんごっこをする()はーーなんだ。

 カイは立ち上がった。
 その勢いに、近くの席の男子生徒が「うおっ」と声をあげて道を開ける。
 カイはつかつかと彼女にあゆみよると、さらに無体を働こうとする令嬢の腕を、軽く捻り上げた。

ーーそこからは、あっという間だった。

 気がつけばカイは彼女を隣の部屋に呼び寄せ、彼女の学友となった。
 コーデリック公爵の取り計らいでジキタリス女子寮の最上階が、自分一人なことを利用して、彼女に居場所を与えてしまった。

「ったく、僕としたことが……なんて愚かなことを」

 鏡を前に一人呟く。
 その声はカイ・コーデリック公爵令嬢として人々の鼓膜を振るわせる声よりも、ずっと低い。
 
 フェリシアはカイに感謝した。そして自分みたいになりたい、まで言ってきたのだ。

「……僕は憧れられるような存在じゃない。嘘で塗り固めた……ただの弱い男だ……」

 フェリシアは可愛い。可愛いからこそ目立って、嗜虐的な連中に目をつけられてしまったのだろう。
 あのふわふわで頑張り屋で向こうみずな少女を、友人にしてしまったのは不可抗力だ。
 カイはただ、あの子に笑っていてほしいと願ってしまった。

 そんなことを願えるような『友人』にはなれないのに。女装で潜伏した、ただの男だというのに。