●前回のつづき、学校の屋上


千隼「俺としよう? 世界一熱い恋」
きよか「は……」

しばらく固まっていたきよか、ぼっ!と一気に全身真っ赤になる。

きよか「なっなっなっ何言ってるの!? そもそも宝生くん、あなた――」
千隼「千隼」

千隼、キスした手をぐいと引き寄せ、きよかと接近。

千隼「千隼って言うの。俺の名前」
きよか「は、はい!?」

大混乱でおめめぐるぐるになるきよか。

千隼「俺もきよかって呼ぶから。婚約者ならそれくらい当たり前でしょ」
きよか「いやあの、えっと」
(だまされるな。この人はただ、自分の目的(スケート)のために私を利用しようとしてるだけなんだから!)

きよか、必死の抵抗で顔を背ける。

きよか「私のこと、好きじゃないくせに」
千隼「だって昨日はじめて会ったばっかりだし」
きよか(それはそう)

妙に納得してしまって、恥じらいがスン…と引いていくきよか。

きよか「恋をしようったって……ぐっ、具体的には何するつもりなの」
千隼「んー……よくわかんない。俺、恋したことないし」
きよか(ノープランなのかい!)
千隼「でも」

千隼、ずっと掴んでいたきよかの手に指を絡ませ恋人繋ぎにする。

千隼「きよかとならできるかもって気がしてきた」


反対の手で腰を抱かれ、抱き合うかたちになるふたり。千隼を見上げる角度になり、彼の顔が太陽の光と合わさってキラキラ。

きよか「そっ、そこまでおっしゃるなら受けて立ちますけど!? でも言っておくけど私、そんなに簡単に恋に落ちたりなんてしないしつれづれなるままに春はあけぼのa²=b²+c²-2bccosA」
千隼「大丈夫?」

大混乱するきよかに、千隼は「顔真っ赤……」と体調不良を疑って鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を近付け覗き込んでくる。
「だだだ大丈夫だからっ!」とあわてて両手で千隼の身体を押しのけ距離を取る。

きよか(あ、あぶない。あやうく惚れさせられるところだった……)
(でも、いくらスケートを続けるための条件とはいえ、あの「氷の王子」がここまでするなんて……)
「……千隼くんって、本当にフィギュアスケートが好きなんだね」

千隼、一瞬きょとんとした後、やさしい微笑を浮かべる(※はじめて千隼が笑うシーン)

千隼「うん。好き。……すごく」

きよか(その笑顔に、不覚にもときめいてしまっただなんて)
(言ったら負けな気がする)



●教室


ガラガラ、と戸を開けて教室に戻ったきよかと千隼。
クラスメイトが一斉にこちらを見たと思ったら、わっとふたりを取り囲む。

女子A「ねえねえもしかして……宝生くんの結婚相手ってきよかちゃんなの!?」
男子A「えっマジ!? だったらやばくね!?」
きよか「え、えっとあの……」
(ど、どうしよう。なんて答えればいいの)

戸惑うきよかに、能面のような無表情の夏実が話しかけてくる。

夏実「きよか。……本当なの?」

ハッとするきよか。千隼のファンである夏実に知られたら……と青ざめたところに、背後から伸びる千隼の腕。

千隼「そうだけど。なんか問題ある?」

千隼、きよかをバックハグ。
きゃーっと沸く周囲。

きよか(問題大アリでしょ!?)

『スキャンダル』『不純異性交遊』という単語が頭をよぎり、ぎょっとするきよか。
おそるおそる夏実を見ると、涙を流しながらスマホの連写機能できよかと千隼のツーショットを撮りまくっている。

夏実「ない……! ないです。むしろありがとう神様!お、推し(宝生くん)が推し(きよか)と結婚だなんてご褒美……!」
きよか「へ……!?」

夏実、口元を押さえ感涙にむせび泣く。

夏実「きよかに彼氏がいないなんてぜったいにおかしいと思ってた! アイドルとかにも全然興味がなさそうだったし……でもそういうことだったのね!」
きよか「えっ、いやそれは本当にただ興味がなかっただけで……」
男子B「まあ正直三澄さんならあり得そうっていうか」
女子B「成績学年首位だし」
女子C「かわいいもん」

ねーっと納得し合いほのぼのするクラスメイトたち。

きよか(あれっ。容認されてる……!?)

ぽかんとしているきよかをハグしたまま、「ネットに上げないでね」と夏実に釘を刺す千隼と「うちの学校、校内写真のSNSアップ禁止だから大丈夫です!」と言いながらまだ写真を撮りまくっている夏実。



●放課後、タワーマンション前

きよかのドアップ。

きよか「いきなり初対面の男子と婚約させられたと思ったら、翌日その婚約者が同じクラスに転校してきて」

全景。
ドドーンと目の前に建つ立派なタワーマンション。宝生グループ系列のラグジュアリー層向け。

きよか(今度は同棲ってどういうことですか!?)

下校時、校門前で待ち構えていた宝生家の車に乗せられ連れて来られたきよかと千隼。

きよか「ここに……今日から私とあなたで住めってこと……?」
千隼「そうらしい」
きよか「あまりに手際がよすぎない!?」
千隼「あのじいちゃんたちにそんなこと言う方がムダ」

部屋に入るとふたりの荷物が段ボールで送られていた。
リビングで呆然としたままのきよかに対し、千隼はさっさ順応として「俺ここの部屋使う」と勝手に廊下にあるドアを開ける。

千隼「たぶん、週に一回ハウスキーパーが来て掃除とかやってくれる。前住んでたとこもそうだったから」
きよか「食事はどうするの?」
千隼「頼めば作り置きしてくれると思う。あとはまあ、ユーバーイーツとか?」
きよか「そういうわけにはいかないよ!」

あまり細かいことに興味がなさそうな千隼。きよか、見かねて千隼の腕を掴む。

きよか「アスリートなんでしょ? 食事だって大切じゃない!」
千隼「…………」

きよかの真剣な表情をしばし無言で見下ろす千隼。

千隼「俺、料理とかできない」
きよか「わたしが作るから……! その代わり、ごはんがいらない日は早めに連絡すること」

ほらスマホ出して、と互いのスマホを取り出しLINEを交換する。
千隼が「よろしく」とメッセージを送ると、それを見たきよかが笑い出す。

きよか「ふふ、変なの。婚約して同棲するのに、今はじめてお互いのスマホの番号とか知るなんて」
「本当に変なの……。何も知らない人と婚約だなんて……」
千隼「昨日まではそうだったけど。俺、今日できよかのこと少しわかったし」
きよか「ど、どんなこと?」

千隼「友達が多い」
きよか「そ、そうかな……?」
千隼「成績学年一位」
きよか「それは、勉強くらいしか得意なことがなくて……」
千隼「クソまじめ」
きよか「クソは余計じゃない?」
千隼「あと」

千隼、きよかの髪をくしゃりと掻いて、フッと少しだけ微笑む。

千隼「笑うとかわいい」
きよか「え……」

きよかドキリとするも、すぐに「だまされちゃダメ……!」と平静を装う。

きよか「えっと、宝生くん」
千隼「千隼」
きよか「ち……千隼くんは、朝はパン派? ごはん派?」
千隼「あ。俺、朝食はいらない。朝4時からスケートリンク行くから」
きよか「え?」
千隼「学校もあんまり行けない。去年はほとんど出席しなくて留年ギリギリだったし」
きよか「テストは大丈夫なの?」
千隼「…………。やばいかも」

いつもの無表情のまま、サーッと顔色だけ悪くなる千隼。

千隼「高校卒業するのも、スケート続ける条件」
きよか「わ……わかった! 授業のノートとか、テスト前の対策とか、できることは手伝うから!」

放っておけず、思わず手伝いを申し出てしまうきよか。
すると千隼、片手をスラックスのポケットに突っ込んだまま、もう片方の手できよかを抱き寄せ、耳元でささやく。

千隼「ありがと。……奥さん」
きよか「おっ、奥さんじゃないから!」

きよか(「世界一熱い恋」にはほど遠いけど)
(何かがはじまる予感が、した)