先生と話しているときも、どこか上の空で6年ぶりに再会した君のことばかり考えている。
『どうしてここに?』『なんであの時いなくなったの?』『6年間何していたの?』質問したいことが山ほどある。
でももう君に会って、前みたいに話すことはない。
――立場が変わってしまった。昔とは違う。
君は先輩で生徒会長。私は後輩で、ぼっちの転校生。君は人気者で、みんなに好かれていて、こんな、独りが好きな陰キャが近づいていい人ではない。だって、噂になってしまうから。付き合っているんじゃないか、とか。こんなうわさは君にとってはマイナスでしかないし、私も目立ちたくない。だから、もう前のような関係にはもどれないんだ。
玄関で立ち止まり、少し上を向いてつぶやいた。
「バイバイ、瑛太君」
この小さなつぶやきは、外から聞こえる雨の音にかき消された。
――ん?雨?やばい、雨だ。今日は晴れるとかテレビで言ってたから、傘がない。こんの、テレビめ。末代まで恨んでやる。
ひとしきり心の中でテレビへの恨みの言葉を並べてから、走って帰ろうと一歩踏み出した途端、
「彩葉」
さっき心の中でお別れしたはずの君の声がした。
「瑛太、くん」
「どうしたの?」
そういって、まっすぐな目で見つめてくるもんだから、私もつい、正直に答えてしまった。
「雨、降ってるけど傘なくて……」
君はカバンの中から突然一本の傘を取り出して、私に差し出してくる。
「えっ」
「ほら、これさして帰りな」
なんて優しいのだろう。こういうところは、昔から変わってない。
「でも瑛太君、濡れちゃう」
「俺は大丈夫だから」
「でも――」
私が渋っていると君は口元に誰かをからかうときみたいな笑みを浮かべた。
「そんなにいやなら、俺と相合傘して帰る?」
「なっ――!」
「それじゃあ、ほら。これ使って」
瑛太君に傘を握らされて、私はしぶしぶ外に出た。
でもやっぱり気になってしまって、後ろを振り返る。
そこにははかなげな笑みを浮かべた瑛太君がいた。
私の心の中は疑問でいっぱいだった。『なんで?』『どうしてそんな顔をするの?』
私が見ていることに気が付いた君は、すぐにいつもの優しい表情に戻っていた。
私は思わず彼に駆け寄って、傘を差しだしてしまった。
君が、どこかに消えてしまう気がした。それぐらい、静かで儚かった。
突然傘を差しだした私を見て、君はびっくりした表情を浮かべていた。
「――っ。なんで?」
一瞬泣きそうな表情になったのもつかの間、いつの間にかいつもの調子に戻っていた。
「やっぱり、俺と相合傘して帰る気になったの?」
私はうん、と答える代わりにこくりとうなずいた。
そこからは、二人で傘をさして帰った。幸い、帰る時間が遅かったため同じ学校の人とは出会わなかった。
二人で歩いていても、ほとんど会話はなかった。それでも、二人きりで帰る時間はなぜか居心地が良かった。
お互い長年会えない間に成長して変わってしまった。前みたいに、無邪気に話すことができなくなった。少し悲しいけれど、仕方がないと思っている自分がいる。これが、私と瑛太君の今の関係なのだから。
「じゃあ、また」
「バイバイ」
瑛太君は私の家まで送ってくれて、そこで私たちは別れた。
彼の大きな背中を見ながら、もうこれで君と話すのは最後なんだろうなと感じていた。そう思うと寂しくなって、君の名前を呼ぼうと口を開きかけたけど、結局、この口から言葉が発せられることはなかった。
この日を境に、私たちは幼馴染という関係を卒業した。
こんな状態のまま季節はいつの間にか過ぎ、体育祭の準備が始まろうとしていた。
『どうしてここに?』『なんであの時いなくなったの?』『6年間何していたの?』質問したいことが山ほどある。
でももう君に会って、前みたいに話すことはない。
――立場が変わってしまった。昔とは違う。
君は先輩で生徒会長。私は後輩で、ぼっちの転校生。君は人気者で、みんなに好かれていて、こんな、独りが好きな陰キャが近づいていい人ではない。だって、噂になってしまうから。付き合っているんじゃないか、とか。こんなうわさは君にとってはマイナスでしかないし、私も目立ちたくない。だから、もう前のような関係にはもどれないんだ。
玄関で立ち止まり、少し上を向いてつぶやいた。
「バイバイ、瑛太君」
この小さなつぶやきは、外から聞こえる雨の音にかき消された。
――ん?雨?やばい、雨だ。今日は晴れるとかテレビで言ってたから、傘がない。こんの、テレビめ。末代まで恨んでやる。
ひとしきり心の中でテレビへの恨みの言葉を並べてから、走って帰ろうと一歩踏み出した途端、
「彩葉」
さっき心の中でお別れしたはずの君の声がした。
「瑛太、くん」
「どうしたの?」
そういって、まっすぐな目で見つめてくるもんだから、私もつい、正直に答えてしまった。
「雨、降ってるけど傘なくて……」
君はカバンの中から突然一本の傘を取り出して、私に差し出してくる。
「えっ」
「ほら、これさして帰りな」
なんて優しいのだろう。こういうところは、昔から変わってない。
「でも瑛太君、濡れちゃう」
「俺は大丈夫だから」
「でも――」
私が渋っていると君は口元に誰かをからかうときみたいな笑みを浮かべた。
「そんなにいやなら、俺と相合傘して帰る?」
「なっ――!」
「それじゃあ、ほら。これ使って」
瑛太君に傘を握らされて、私はしぶしぶ外に出た。
でもやっぱり気になってしまって、後ろを振り返る。
そこにははかなげな笑みを浮かべた瑛太君がいた。
私の心の中は疑問でいっぱいだった。『なんで?』『どうしてそんな顔をするの?』
私が見ていることに気が付いた君は、すぐにいつもの優しい表情に戻っていた。
私は思わず彼に駆け寄って、傘を差しだしてしまった。
君が、どこかに消えてしまう気がした。それぐらい、静かで儚かった。
突然傘を差しだした私を見て、君はびっくりした表情を浮かべていた。
「――っ。なんで?」
一瞬泣きそうな表情になったのもつかの間、いつの間にかいつもの調子に戻っていた。
「やっぱり、俺と相合傘して帰る気になったの?」
私はうん、と答える代わりにこくりとうなずいた。
そこからは、二人で傘をさして帰った。幸い、帰る時間が遅かったため同じ学校の人とは出会わなかった。
二人で歩いていても、ほとんど会話はなかった。それでも、二人きりで帰る時間はなぜか居心地が良かった。
お互い長年会えない間に成長して変わってしまった。前みたいに、無邪気に話すことができなくなった。少し悲しいけれど、仕方がないと思っている自分がいる。これが、私と瑛太君の今の関係なのだから。
「じゃあ、また」
「バイバイ」
瑛太君は私の家まで送ってくれて、そこで私たちは別れた。
彼の大きな背中を見ながら、もうこれで君と話すのは最後なんだろうなと感じていた。そう思うと寂しくなって、君の名前を呼ぼうと口を開きかけたけど、結局、この口から言葉が発せられることはなかった。
この日を境に、私たちは幼馴染という関係を卒業した。
こんな状態のまま季節はいつの間にか過ぎ、体育祭の準備が始まろうとしていた。