お母さんは何をしても私を見てくれなくて、辛かった。学校でも友達はいたけれど、親友と呼べる友達はいなかった。だけど、私には好きな人がいた。それは隣の席の黒木くん。黒木くんとは1度も話したことがなかった。でも、私は知っていた。黒木くんは誰よりも優しくて勇気のある人だってことを。
 1年の秋、いつも通り登校するためにバスに乗っていた。ぼーっと窓を眺めていら、横断歩道で1人の男子高校生が腰の曲がったお婆さんを支えながら、いかつい車に乗った男の人と話しているのが見えた。男性は険しい顔をしながら高校生に怒鳴っていたが、男子高校生は時折お婆さんに心配の目を向けながら、男性に何を怒りながら話していた。状況から信号無視をした車からお婆さんを守ったのだと確信した。たった一瞬だったが、私はものすごく感動した。見知らぬお婆さんを助ける優しさと、明らかに怖そうな人に1人で立ち向かう勇気。私は、その一瞬で恋に落ちた。その男子高校生が、黒木湊。そう黒木くんだった。