一限が終わると、すぐに甲斐が体育着を持って教室の後ろのドアから私を呼んだ。
ちょっと不機嫌そうな顔。まずいまずい。
「やー、ありがとう。悪いね。助かったよ。今日甲斐が使わないなら持って帰って洗ってから返すね」
と体育着を受け取ってすぐに戻ろうとすると、「いや、待て待て」と甲斐に肩を掴まれた。
「今日四限で使うから、そのままでいいからすぐ返せよ。てかそうじゃなく」
「あーさっきの同中同高ラインの話? いやーなんかミナミがふざけててさ。ほんと、ただふざけて勘ぐってきてるだけだから! ね! 気にした方が負け!」
と私は適当に言って、ジリジリと教室に戻ろうと後ずさる。
「お前、そんな態度だとマナの好みのタイプ教えてやんねーぞ」
と、甲斐が私の耳元に顔を寄せて小声で言った。
え! と私は一瞬で頭に花が咲いた。
「嘘です、すみません。ミナミにはよーく釘を刺しておきますので、どうかご勘弁を」
と、甲斐の顔を見上げると、私の肩を掴んだまま、なんか私の後ろの方をじっと見てる。
うん? と思って振り返ると、マナが自分の席からこちらを見ているような気がした。
あれ、この二人仲良いんだよね? と思うほどに、なんかおっかない空気。
「あらまー甲斐友樹くん。人の教室の出入口でじゃれないでもらえます?」
と、突然やってきて仁王立ちしたミナミが言った。
「あ、どうも小早川さん。ご無沙汰してます」
と、甲斐は私からパッと離れて、ミナミの視線から顔をそらしながら言った。
「菜月になにかご用で?」
と、ミナミは腕を組んで甲斐を威圧する。
「いや、あの体育着を貸しに……」
と甲斐はだらだらと汗をかく。
私は甲斐の体育着を握りしめつつ、二人のやりとりを間でハラハラ見守った。
「あら、ありがとう。用事が済んだならお帰りになったら?」
「あ、はい。では」
甲斐、退散。
ミナミはふっと不敵に笑って「口ほどにもない」と呟き席に戻っていった。
ミナミと甲斐は、わざわざ言うまでもないけど犬猿の仲だった。
こうなったのは多分甲斐が悪い。
親友と幼馴染が中学生の時に付き合っていたというだけで結構気まずくて、その件に関して私はどちらからも深い事情をきいていない。
でも多分、甲斐が悪いんだろうなーと漠然と思っている。
席に戻ると、マナはいつものごとく漫画を読んでいた。
はーすごい疲れた。と、私は机に突っ伏して一息ついた。
そしてさっきのミナミと甲斐のやりとりの最中、力が入りすぎてぐちゃぐちゃにしてしまった甲斐の体育着を机の上で畳む。
「それ」
マナが呟くように言ったのを、私は聞き逃さず「え?」と瞬時に反応。
マナはチラッとこちらを見て、一瞬だけ目が合った。
「デカくね?」
あ、甲斐の体育着のことか。
「多分でかいね。甲斐、ムダに背が高いからな」
マナに言われて、何気なく体育着のタグをめくってみた。
「え! 3L? そんなサイズ初めて見た。私Sサイズなんだが……着れるのかなこれ」
来るか? 子ザルいじり! と思っていたら、マナは漫画を閉じると二限の日本史の教科書を出し始めた。
あ、もう話終わりかな。と、私はちょっとしょんぼりしながら体育着をたたんでバッグにしまった。
「着てみてデカすぎたら体育休めよ」
始業のチャイムが鳴ると、マナは小さい声でそう言った。
私は予想外のマナの言葉に、心臓を掴まれたみたいに苦しくなって、マナの隣で小さく息をしながら大きく頷いた。
三限の体育の前に、新校舎にある女子更衣室までわざわざ移動して着替えをする。
一年の教室からは若干遠すぎる感。
私はもちろん甲斐に借りた体育着を持っていって、更衣室からこれまた遠い体育館に急ぐべく慌てて着替えた。
クラスの女子達と体育館まで走り、始業チャイムにギリギリ間に合うと、体育委員で先に卓球台の準備に来ていたミナミが、私を見て「あらららら」と言った。
「菜月、それダメでしょ」
ミナミに言われて、私はようやく自分の格好に意識を向けた。
やっぱりデカすぎか。
下のハーフパンツは、紐を最大限絞ったからどうにか落ちてきていない。セーフ。(ふくらはぎくらいまで隠れてしまうが)
でも上はダメかも。襟が広すぎて片方の肩がもろに出ている。
(走る前はギリギリ肩の内側で保たれていたのに)
「ほんとだ、菜月エロい!」
と他の子にまで言われてしまう始末。
でもエロいなんて言われたことないから、ちょっと嬉しい。うへへ。
「ヘラヘラしてないで、男子もいるんだから肩しまいなさい」とミナミに怒られる。すみません。
「どうしよう。いけるかなこれ」と私が困っていると、ミナミも「ギリギリのラインだよね」と言った。
「ま、卓球だし! いけるか!」と、私は肩からずり落ちそうになる襟ぐりを引き上げつつ、大丈夫なことにした。
あまりない男女一緒の体育の日だし。マナの卓球姿がどうしても見たかった。
体育が始まって、先生の周りに座って話を聞いていると、男子の塊の奥の方に座っていたマナと目が合った。
いつもなら軽く目をそらされてしまう(というかそもそもあんまり目が合うこともない)けど、今日はなんだかずっと目が合い続けている気がする。
これは……。と、私は抑えきれずにやけてしまい、マナに小さくヒラヒラと手を振った。
そしたらマナは遠目にも分かる珍しく怒った顔で、口をパクパク動かして何かを訴えている。
え、なんだろ、なんか怒らせちゃった。
ちょっと不機嫌そうな顔。まずいまずい。
「やー、ありがとう。悪いね。助かったよ。今日甲斐が使わないなら持って帰って洗ってから返すね」
と体育着を受け取ってすぐに戻ろうとすると、「いや、待て待て」と甲斐に肩を掴まれた。
「今日四限で使うから、そのままでいいからすぐ返せよ。てかそうじゃなく」
「あーさっきの同中同高ラインの話? いやーなんかミナミがふざけててさ。ほんと、ただふざけて勘ぐってきてるだけだから! ね! 気にした方が負け!」
と私は適当に言って、ジリジリと教室に戻ろうと後ずさる。
「お前、そんな態度だとマナの好みのタイプ教えてやんねーぞ」
と、甲斐が私の耳元に顔を寄せて小声で言った。
え! と私は一瞬で頭に花が咲いた。
「嘘です、すみません。ミナミにはよーく釘を刺しておきますので、どうかご勘弁を」
と、甲斐の顔を見上げると、私の肩を掴んだまま、なんか私の後ろの方をじっと見てる。
うん? と思って振り返ると、マナが自分の席からこちらを見ているような気がした。
あれ、この二人仲良いんだよね? と思うほどに、なんかおっかない空気。
「あらまー甲斐友樹くん。人の教室の出入口でじゃれないでもらえます?」
と、突然やってきて仁王立ちしたミナミが言った。
「あ、どうも小早川さん。ご無沙汰してます」
と、甲斐は私からパッと離れて、ミナミの視線から顔をそらしながら言った。
「菜月になにかご用で?」
と、ミナミは腕を組んで甲斐を威圧する。
「いや、あの体育着を貸しに……」
と甲斐はだらだらと汗をかく。
私は甲斐の体育着を握りしめつつ、二人のやりとりを間でハラハラ見守った。
「あら、ありがとう。用事が済んだならお帰りになったら?」
「あ、はい。では」
甲斐、退散。
ミナミはふっと不敵に笑って「口ほどにもない」と呟き席に戻っていった。
ミナミと甲斐は、わざわざ言うまでもないけど犬猿の仲だった。
こうなったのは多分甲斐が悪い。
親友と幼馴染が中学生の時に付き合っていたというだけで結構気まずくて、その件に関して私はどちらからも深い事情をきいていない。
でも多分、甲斐が悪いんだろうなーと漠然と思っている。
席に戻ると、マナはいつものごとく漫画を読んでいた。
はーすごい疲れた。と、私は机に突っ伏して一息ついた。
そしてさっきのミナミと甲斐のやりとりの最中、力が入りすぎてぐちゃぐちゃにしてしまった甲斐の体育着を机の上で畳む。
「それ」
マナが呟くように言ったのを、私は聞き逃さず「え?」と瞬時に反応。
マナはチラッとこちらを見て、一瞬だけ目が合った。
「デカくね?」
あ、甲斐の体育着のことか。
「多分でかいね。甲斐、ムダに背が高いからな」
マナに言われて、何気なく体育着のタグをめくってみた。
「え! 3L? そんなサイズ初めて見た。私Sサイズなんだが……着れるのかなこれ」
来るか? 子ザルいじり! と思っていたら、マナは漫画を閉じると二限の日本史の教科書を出し始めた。
あ、もう話終わりかな。と、私はちょっとしょんぼりしながら体育着をたたんでバッグにしまった。
「着てみてデカすぎたら体育休めよ」
始業のチャイムが鳴ると、マナは小さい声でそう言った。
私は予想外のマナの言葉に、心臓を掴まれたみたいに苦しくなって、マナの隣で小さく息をしながら大きく頷いた。
三限の体育の前に、新校舎にある女子更衣室までわざわざ移動して着替えをする。
一年の教室からは若干遠すぎる感。
私はもちろん甲斐に借りた体育着を持っていって、更衣室からこれまた遠い体育館に急ぐべく慌てて着替えた。
クラスの女子達と体育館まで走り、始業チャイムにギリギリ間に合うと、体育委員で先に卓球台の準備に来ていたミナミが、私を見て「あらららら」と言った。
「菜月、それダメでしょ」
ミナミに言われて、私はようやく自分の格好に意識を向けた。
やっぱりデカすぎか。
下のハーフパンツは、紐を最大限絞ったからどうにか落ちてきていない。セーフ。(ふくらはぎくらいまで隠れてしまうが)
でも上はダメかも。襟が広すぎて片方の肩がもろに出ている。
(走る前はギリギリ肩の内側で保たれていたのに)
「ほんとだ、菜月エロい!」
と他の子にまで言われてしまう始末。
でもエロいなんて言われたことないから、ちょっと嬉しい。うへへ。
「ヘラヘラしてないで、男子もいるんだから肩しまいなさい」とミナミに怒られる。すみません。
「どうしよう。いけるかなこれ」と私が困っていると、ミナミも「ギリギリのラインだよね」と言った。
「ま、卓球だし! いけるか!」と、私は肩からずり落ちそうになる襟ぐりを引き上げつつ、大丈夫なことにした。
あまりない男女一緒の体育の日だし。マナの卓球姿がどうしても見たかった。
体育が始まって、先生の周りに座って話を聞いていると、男子の塊の奥の方に座っていたマナと目が合った。
いつもなら軽く目をそらされてしまう(というかそもそもあんまり目が合うこともない)けど、今日はなんだかずっと目が合い続けている気がする。
これは……。と、私は抑えきれずにやけてしまい、マナに小さくヒラヒラと手を振った。
そしたらマナは遠目にも分かる珍しく怒った顔で、口をパクパク動かして何かを訴えている。
え、なんだろ、なんか怒らせちゃった。