「あんまりボヤッとしてると彼女できちゃうよ」

ミナミは夏休みが明けてから、口癖のようにそう言っていた。


「いやいや恐れ多いってば」

私は棒読みで返す。


ミナミは「またそんなこと言って」と弁当箱を乱暴に片付けた。


「そういえば風間くんさ、二年の先輩にこの前告られてたらしいよ。しかもチア部の人」

ミナミは仕舞おうとしていた箸の先をわざわざ私に向けて、チア部を強調した。


「チア部だからなんだし」と、私はしれっとした態度を貫く。


「可愛いってことじゃん」


私はミナミの意地悪な笑みを見てため息をついた。


「ねえ。ミナミさん? 私、風間くんになんて呼ばれてるか知ってる?」


「知らん」


「子ザル」


ミナミは吹き出して笑った。

「ちょっ。子ザルが食後にバナナ食べてる」

ミナミは笑うと声が大きくなる。

前の席で菓子パンを食べていた男子たちが驚いて振り返り、釣られて笑いだした。


「ナツキ、子ザルって呼ばれてるんだって。ぴったりだよね。バナナ食ってるし」

……ああ、私の子ザルというあだ名がこうして広まって行く。


ミナミは近くのサトヤの肩をバシバシ叩いて笑った。


「もはやどっからどう見ても子ザルだな」

そう言ってサトヤもバナナを頬張る私を見て吹き出す。いいよ別に。


「そうですそうです。子ザルからせめて人間にならないと誰にも相手にされないんで!」

語尾に怒りを込めつつバナナの皮を剥く私。


「いや、冗談だって。ナツキかわいいって」

サトヤが笑いながら言った。


「子ザルとしてでしょ?嬉しくないし」


「怒んないで、子ザルちゃん」


そんなことをしていると、マナが友達と教室に入ってくるのが見えた。


マナは昼を食堂で食べているらしい。(甲斐情報)


バナナを食べながらマナをチラチラ見ていると、珍しく目が合った。

でもマナはすぐに冷たく目をそらす。

マナはいつもそうだった。

そもそもたまにしか目が合いませんが。


私に話しかけられれば、ベリーに近いショートヘアの私を子ザル呼ばわりしてからかったりはする。


でもマナから私を相手にしたことなど一度もないように思う。


お弁当を早めに終わらせて戻ると、マナは週刊の少年誌を読んでいた。

この曜日はいつも読んでる。


席に座ると、「なに」とマナが言った。


漫画から顔を上げないので、マナが誰に言ったのか私には分からなかった。


「だから、なんだよ」

マナがちらりとこちらを見て言い直した。あ、私か。


「なにってなにが?」


「いや、お前人のこと見過ぎだから。基本」


あら、見過ぎか。


私はシュンとして自分の机に向き直った。

でも、だって見てたほうが好意が伝わると思っているだけ。


あ、でも好意は伝わってはいけないのかな?


『俺のこと好きなんじゃねーか? と思わせるような言動』も確かダメだったはず。


めんどくさい。でも私はいちいちあの誓約書を思い出してしまう。


……なんであんなのにサインしちゃったかなー。


どっちにしろ、マナに見過ぎだからと冷たく言われては、少し自粛しよう。


「見過ぎでスミマセン…」と言いつつ、なんでもない顔をして私はお弁当をカバンにしまった。


「読みたかったの? これ。読み終わったら貸してやろうか」


私は別にさほど少年誌に興味はない。
だけどこの機は逃さない!


「あーありがとう。読みたい読みたい」


「え、持田さんってヤンガーとか読むの?」

私の前の席の丹田くんが体を半分こちらに向けてきいてきた。


「うん。読む読む」


私が言うと、丹田くんは「へー!」と大きめの声で言った。どうも思っていたよりもテンション高めの人のようだ。


丹田くんはサッカー部で、マナとは同じ中学出身だそうだ。(こちらも甲斐情報)

マナとは仲がいい方だと思う。

たまに一緒に帰っているところを見かける。


でも二人が一番の親友と呼べるような仲なのかはちょっとわからない。


それにしてもマナの交友関係が不明瞭だなんて、私としたことが。



「何が好き?何が好き?俺ね、『リアル中2オタケくん』。読んでる? ギャグっぽいやつ」


なんだそりゃ。知らん。と思ったけど、「へー」と答えた。


「持田さんは? どれ好き?」


「うーん、表紙のあれかな?」

と、マナが机の上に立てて読んでいる週刊誌の表紙を適当に指差して言った。


丹田くんが「雷鳴か!渋いね!」と言った。


……そんな名前の漫画でしたか。



「マナー、持田さんが読んでからでいいからさ、その次俺にも貸してよ」

と、丹田くんが言った。


マナ!? マナですと?

この人はマナって呼んでるんだ! と私は丹田くんを初めて少し羨ましく思った。


いいな男友達って。しかも同中。
丹田くんは私のなりたいポジションど真ん中ではないか。


私がマナを心の中で勝手にマナって呼んでるのは、お兄と甲斐がそう呼んでたからで。


私も早く面と向かってマナって呼べるような仲になりたい。


「別にいいけど」とマナは丹田くんにもちょっと冷たい返事。


「ありがとー!じゃあ持田さん、マナから借りて読み終わったら次貸してね」


「あ、はーい」と私は適当に返事をした。マナは全く週刊誌から顔を上げない。