敏腕教育係は引きこもり御曹司を救えるか?

人気の無い自販機コーナーで、星は温かいカフェオレを阿久津に握らせ、静かに話を聞いてくれた。

「そんなことがあったんだ。影山主任も、状況分かってないで色々言って酷いなそれは」
「いえ、私の理解力が無いのが原因なので。情けなくてすみません」
「なんで阿久津が謝るの? 悪いのは全面的に俺だよ。まだ新人なのに、忙しくて全然ケアできなくて申し訳ない」

星は阿久津に向かって深々と頭を下げた。

「そんな! やめてください星さん。星さんみたいな優秀な方なら色んな所から声がかかるのは仕方ないことです。私が容量悪くて」
「阿久津」
「は、はい!」
「もう必要以上に自分を責めないで。阿久津は悪くないんだから」
「……はい、ありがとうございます」

落ち着いていた涙がまた出そうになったが、堪えた。

「さ、戻ってさっさと仕事片付けちまうか」

星は大きく伸びをして立ち上がる。阿久津が慌てて後を追おうとすると、彼が水色のハンカチを差し出してきた。

「俺ちょっと先に行ってさわりを見ておくから、阿久津はコーヒー飲み終わった後ゆっくりおいで。大丈夫だから。これ良かったら使って」
「あ、ありがとうございます……!」

アイロンがきっちりとかかった星のハンカチを受け取った途端、心臓の鼓動がバクバクと早くなるのを感じた。颯爽と歩いていく彼の背中を見送りながら、こうも会ってすぐ、簡単に恋に落ちてしまった自分に阿久津は驚いていた。

でも仕方がない。星は優秀で、容姿も端的に言えば当時の阿久津の好みだった。さらにこんな状況で優しくされては、彼に憧れの気持ちを抱かないのは無理があった。



◇◇◇



「そ、それでその業務はどうなったんですか阿久津さん⁈」

星や影山主任の名前は出さず、もちろん阿久津が星に恋心を抱いたということも伏せて学に小声で新人の頃の話をすると、彼は身を乗り出してその話を聞いていた。

「う〜ん。それが、後から戻ったらその先輩が仕事を全部終わらせちゃってたんだよね」
「えっ」

学は複雑そうな表情を浮かべる。

「それって、後輩の仕事を片付けてあげた先輩はかっこいいですけど、何の解決にもなってないですよね……。阿久津さんにも教えながら一緒にやらないと意味が無いような」
「そう、そうなんだよ佐伯くん! 結局私は何もやってないし何も学んでないことになるんだよね」

阿久津はその後、星の提出した資料やメールをもとになんとかその業務の流れを掴むしかなかった。しかし、当時の素直過ぎる阿久津の思考は「星さん、私がずっと出来なかった仕事をあんな短時間でやってしまうなんてさすがだな」であった。

「だから佐伯くん、言いにくいところはあるかもしれないけど、少しでも私の教え方に疑問を持ったら言ってほしい。それは私のためにもなるから」
「はい。わかりました」

学は笑顔で返事をした。

「でもきっと、そんな辛い思いをした阿久津さんは同じような間違いはしないと思います。僕は阿久津さんに教えてもらって幸せですね」

さらりと優しい眼差しで言われ、阿久津は何だかこそばゆくなるのを感じた。

「いやあ、そんな。ごめんね、なんか無理矢理言わせたみたいになっちゃったね!」
「いえ、そんな無理矢理だなんて」

新人に昔の苦労話を聞かせて褒めさせるなんて、嫌われる上司の最たる例なのに。阿久津は自分が恥ずかしくなった。

「さ、じゃあ気を取り直して、今度は社内のルールやビル内の施設の使い方について紹介していこうか。マニュアルの二つめを見てくれる?」
「はい」

こうした、マニュアルを読みつつ実践、という形を1週間はかけてやっていく。徐々に会社の雰囲気に慣れたら、いよいよ仕事をしながら学んでいく段階に入るのである。