目当てのファーストフード店では楽しく買い物をした。最初は明るい店内や店員との会話を恐れていた学だったが、ひとまず外に出られただけでも今回は合格だ、ということで阿久津がバーガーのセットを2人分注文した。疲れていたのと、学のキャパも考えて今回は持ち帰りにした。

「店員さんとのやりとり、全部やってもらっちゃってすみません」
「いいよいいよ。今日は外に出られただけですごい進歩だよ。とにかく早く帰って冷める前に食べよう!」
「はい! ……あ」

2人で家路を急ぎ始めた途端、学が何かを見つけて立ち止まった。

「ん、どうしたの?」

学はまるで凍りついたように動かない。その様子からして、良いものや楽しいものを見つけたわけではないのだろう。

彼の視線の先には、阿久津もなんとなく見覚えのある高級車が止まっていた。

「父さん……」

学がそう呟いたのと同時に、後部座席の窓がウイーンという機械音を立てて開き、学の父・佐伯社長が顔を覗かせた。そうだ、この高級車は我が三友商事の社用車で、社長や大事なお客様専用の運転手付きのものだ。

社長の顔は、まるで怪異でも見たかのように「信じられない」という顔をしている。

「社長、お疲れ様でございます」

阿久津は反射的に挨拶するが、親子は互いに言葉が出てこない。思いがけない場所での思いがけない再会に、何と言ったら良いのか分からないのだろう。

ようやく口を開いたのは社長だった。

「阿久津さん……と、隣にいるのは、学で良いんだよな?」

学の髪や服装があまりにも激変していて、自分の息子かどうかも自信が無いらしい。

「そうです。学くんと2人で今日、夕食の買い出しに来ました」

突然の出来事に口を聞けなくなっている学の代わりに阿久津が答える。

「そうか……そうか。いや、何だ、随分と髪がサッパリしたなと思ってね。一瞬自分の息子か疑うほどだったよ。それは阿久津さんがやってくれたのかい?」
「いやいや、こんな器用なことは私には出来ないです。実は友人に美容師がいまして、今日ちょうどその人に切ってもらったんです。社長ご一家のプライバシーについてはなるべく触れないようにしましたが……余計でしたら、申し訳ございません」
「いや、余計なものか。阿久津さんのお友達なら、きっと口も固いし構わないよ」

社長は阿久津に微笑んだあと、再び息子を見た。

「学、久しぶりだな」

その挨拶は、精一杯親しげにしようとしているもののどこか他人行儀に感じてしまう口調だった。まず、本当に息子との再会を喜んでいるなら車から降りて話せば良いのに。運転手も何だか気まずそうにしている。

「お久しぶりです。父さん」

学がようやく口を開く。しかし、目は合わせられない。

「お前がまた外に出られたなんて信じられないよ。父さん、本当に嬉しい」

父の言葉に、学はただ頷いた。

「これで、社会人として立派に働くこともできるな」

阿久津は思わず「え、もう働くことを考えてるの?」と口に出しそうになったが、ぐっと堪える。

確かに学は25歳。通常は大学も卒業して働いていてもおかしくない年齢であるが、今日外に出たばかりの人に言うこととしてはプレッシャーになり得ないだろうか。それも、彼を引きこもりにした張本人が言うことではないだろう。阿久津の中でふつふつと社長に物申したい気持ちが沸いてくる。

「父さん、色々考えておくからな。今後もお前の成長を楽しみにしてるよ」

阿久津の心のモヤモヤをよそに、社長は車の窓から手を振って颯爽と車を走らせていった。



◇◇◇


「あ〜、ムカつくな」

帰宅後、ポテトのLサイズに思う存分ケチャップをかけて阿久津はそれに齧り付いた。

「阿久津さん、そんなに……ですか?」
「ごめんね、学くんのお父さんなのにこんなこと言って。でも、久しぶりに息子と再会したんだから駆け寄って来て抱きしめるくらいのことしたら良いのに」
「いや、それはそれで怖いから要らないですよ。……あ、ウーバーしたやつより温かくて美味しい」

学は苦笑しながらバーガーを頬張っている。

「阿久津さんにそう言われると、救われます。今まで言われたことを考えると、僕も父親や他の家族とは合わないなと思います」

言いながら彼は食べ物を取る手を一旦休め、真面目な顔で言った。

「でもいつまでも家族を恨んで引きこもりを拗らせているわけにもいきませんね。ある意味、父さんは正しい。もう僕も25歳です。悠長なことは言っていられない。早く社会復帰をしなければいけないと思います」
「うーん、そうか。学くんがそう思うなら、良かったけど」
「だから、僕が独り立ちするまで、もうしばらくお付き合いください。阿久津さん」

彼にペコリと頭を下げられ、阿久津は初めて悟った。そうか、この業務には終わりがあるんだ。学が無事に引きこもりを脱したら、阿久津は学の教育係を卒業することになる。もちろんそれは喜ばしいことなのだが、なんだか妙に寂しさを覚えたので手元のチキンナゲットを口に放り込んで誤魔化した。