笑って泣いて、真面目な話ばかりしていたら流石に二人とも空腹になってきた。

「遅くなっちゃったけど、色々動いたからさすがに何か食べたいね」
「そうですね、こんな時間ですけどお腹空いた……」

しかし時計を見るともう11時。スーパーは閉まっているし、料理を作る気にもなれない。この時間に腹を満たすには、外食か、コンビニか……そうだ、良いことを思いついた。

「学くん、もし嫌だったら良いんだけど、提案があるんだ」
「何でしょうか」
「一緒に、晩御飯買いに行かない?」

阿久津の提案に学は目を見張った。

「それって、外に出るってことですよね」
「うん。平日の夜遅くだし、今なら人もあまり歩いてないと思う。なんか、マックとか行きたくない? 深夜のマックってすごく背徳感あって良いよ」

阿久津はおどけて誘ってみせたが、やはり「外に出る」というこれからの未来に怯えてしまってか、学の笑顔は強張っている。

「あ、やっぱり難しいよね! ごめん。無理言って。学くんのタイミングってものがあるよね」

慌てて阿久津は提案を取り下げようとするが、学がそれを制止する。

「いえ! 僕も行きます」
「え、本当? 無理してない?」
「無理は……しないと、一生僕はこの部屋から出られないと思います。そして、その無理をするタイミングは、こうやって外見を整えてもらった今しか無いと」

学の声は緊張からか少し震えていたが、彼がこちらに真っ直ぐ向けてくる視線には並々ならぬ覚悟を感じた。


◇◇◇


180センチ越えの学が阿久津の陰に隠れるのはいくら何でも無理がある。しかしそれでも学は阿久津の後ろに縮こまるようにしながら、しかし、それでも懸命に……大都会の街を歩いていた。

「阿久津さん、僕怪しい人物に見えますかね? 職質とかされたらどうしよう」

背後から聞こえる学の声に答えながら、阿久津は最寄りのファーストフード店を目指して先を歩く。

「う、うん、正直怪しいね。学くん、見た目はもうすっかり爽やかボーイなんだから、あとは挙動だよ。堂々としてれば全然変に思われないよ」
「堂々としたいのは山々なんですが……夜だけどそこそこ車通りもあるし、人も通るし、やっぱり怖くて。すみません」

泣きそうな彼をどうしたものか、と阿久津は思案した。とりあえず彼の気をそらそう。

「学くん、後ろのビル見てみなよ」
「へ?」

学は涙目になりながらも、阿久津が指した方を見た。

「さっきまで私たちがいた、三友商事のビルだよ。この街でも1番高いビルなんじゃないかな。外観もすごいよね」

学は目を丸くしてビルを見上げ、はあ〜と感嘆のようなため息をついた。

「何年ぶりだろう。この外観を見たの。確か中学生の時に引っ越したから、もう10年以上立つのか……。僕は、このビルの一室にずっと引きこもってたんですね。こうして外から見ると、広いように見えてとてもちっぽけですね。小さな世界にずっと引きこもって、家族も出ていってしまった」

阿久津は彼の話を静かに聞いていた。いつのまにか、学は阿久津の後ろに隠れずなくなっていた。代わりに、都会の星が見えない空をじっと見つめながら歩いていた。