敏腕教育係は引きこもり御曹司を救えるか?

「実は先日自分のアカウントにアップした絵が思いの外反響があったんです。それで、閲覧数によって収益がいくらか入る仕組みにしていたので臨時収入が結構入りました」
「ええっ」

阿久津と千絵は驚きの声を上げる。特に阿久津は心当たりがある分、驚きもひとしおだった。反響があったと言うのは、もしやこの前スケッチに協力したあの絵ではないだろうか。

「なので、QR決済で良ければ今すぐ千絵さんにお支払いできます」
「ありがとう! そういうことなら、遠慮なく頂きます。学くんが稼いだお金を使うって、素晴らしいことだね」
「そうなんです。25年生きてきて初めてのまともな収入だと思うので、嬉しくて」
「ところで、その絵、気になるな。嫌じゃなければ見てもいい? ていうか、学くんのアカウントフォローしたい!」

なりますよね、そういう流れに。そして3人で完成した絵を見る流れですよね。阿久津は途端に自分の体が緊張で強張るのを感じた。一体自分は学にどんな風に描いてもらったのか。そして、それに対してネットの住民は、千絵は、どんな反応をするのか。これから見ることになるのだろうか。

だが、学は意外な反応をした。

「阿久津さんの許可を得たら、あとでURLを送っても良いでしょうか」
「え? 沙耶の許可?」
「実は今回描いた絵は阿久津さんにもご協力いただいたんです。だから、ご友人に見せるとなるとまた阿久津さんに聞いてみないと、と思って。そもそも、阿久津さんにもまだ見せられていないのでまずはそちらからと思っています」

やはり、バズった絵というのは阿久津がモデルを頼まれた例の絵らしい。千絵は学の話を大きく頷いて聞いてから、笑顔で答えた。

「ほうほう。ますます気になるけど、分かった! 沙耶と話し合って大丈夫なら、ぜひ見たいな」

結局阿久津が用意していた報酬は学の臨時収入を充てることになり、千絵はそれをタクシー代に悠々と帰って行った。別れ際、「近々、飲み行くよ! 絶対!」と言い残して。


◇◇◇


千絵が帰ると、また広い家に学と二人きり。でも違うのは、目の前の学がだいぶ好青年のような見た目になっていること。髪型や眉はもちろん、化粧水や日焼け止め等で肌をケアすることも教わり、服も先ほどコーディネートした新しいものだ。もはやこの大都会のどんなお洒落な街を歩いていてもおかしくない見た目に学は生まれ変わった。

「なんだか随分、オシャレになったね」

美容室代わりに使わせてもらった学の母の部屋を片付けながら、改めて阿久津は感嘆する。

「はい、阿久津さんと千絵さんのおかげです。これで外に出られますかね?」

学はとても嬉しそうだ。垢抜けた後も、その照れ臭そうな笑顔は変わっていなかった。

「千絵も言ってたけど、学くんの元々のポテンシャルが凄かったんだよ」
「僕のポテンシャルなんて。そんなこと言ってくれるのお二人だけです」

そう言うと、学は一枚の写真を机の引き出しから取り出しだ。

「ほら、家族の中で僕だけ違うでしょう?」

それは、佐伯家の家族写真だった。