敏腕教育係は引きこもり御曹司を救えるか?

「次は服と姿勢だね!」

千絵がここまでやってくれるとは思ってもみなかった。完全に業務外であるが、彼女も楽しそうである。

「学くんさ……基本何でも着こなせるね。骨格にも恵まれてる。羨ましい。マジでうちの彼に身長分けて」
「えっ、あ、ありがとうございます……」
「ただし、姿勢は注意! せっかくスタイル良いんだから背筋を伸ばすこと! 頭のてっぺんに糸がついてて天井から吊られているイメージを意識!」
「は、はい!」

褒める割合と指導の割合が絶妙な千絵の指導。それは学の部屋のクローゼットの前で行われていた。

「私も服は好きだけど詳しく無いんだ。でも一応、一緒に暮らしてる彼がモデルのスタイリスト的な仕事やってて色々普段から叩き込まれてるからそれを伝えるだけなんだけど……って、事前に聞いてはいたけどクローゼットの中身ハイブランドばかりだな! セリーヌにヴィトンにフェンディにサンローランにマルジェラ! 羨ましい!」

まずは学の手持ち服からコーディネートを考えようということになり、クローゼットを見てみるとやはりというか何というか、凄いラインナップだった。ただし、どれも着古した感があまり無く、新品同様にハンガーにかかっていた。

「あの、千絵さん」

ここで、学が思わぬ提案を持ちかけてくる。

「もし良かったら、服交換しませんか?」
「へ? どういうこと?」

千絵も阿久津も目を丸くした。

「千絵さんが僕に服をくださるので、僕も何か千絵さんと彼氏さんに服を、と思いまして。僕は正直、この辺りの服をコーディネートできる自信は無いんですけど、彼氏さん、スタイリストさんですし、この服たちもこんなタンスの肥やしになってるより誰かに着てもらった方が嬉しいだろうし」
「え! いやいやいや! それはダメだって! どれも一着だいたい20万以上はするよね⁈」
「そうなんですか? すみません、あまりそういうの分からなくて。でも、僕も千絵さんから彼氏さんの服を貰うわけですし、いいんじゃないでしょうか」
「ええー、ええー、そんな。良くないよ」

そうは言いながらも千絵の目はクローゼットの中身に吸い寄せられている。阿久津もブランドに無頓着な方なので詳しくは分からないが、お洒落な人々にとってはこれらのブランド服は憧れてやまないものなのだろう。

「僕、大人になってから人に贈り物をした経験がほとんど無くて。もし僕があげたもので誰かが喜んでくれるなら、僕の貴重な初めての経験になります。僕は千絵さんに恩返しがしたいです。彼氏さんだけでなく千絵さんも、ベルトやキャップであれば女性でも使えるかもしれないから見てみてください」

学は千絵に気を遣っているのではなく、どうやら本気でそう思って言っているらしい。学がそうしたいのであれば、良いのではないだろうか。阿久津も彼の考えを後押しするように黙って頷いた。千絵の中でも学の言葉が響いたらしく、ようやく彼の提案を受け入れた。

「ほ、本当に……? なんか、ごめんね。ありがとう! でも、服の交換っていいね。このシャツとか、いただいていこうかな」
「是非、どうぞ」

服の交換をしつつ、学の服のコーディネートを考える作業も並行して行なっていく。

「服はそのもののデザインも大事なんだけど、素材やシルエットでお洒落感を出していくの」
「了解です」

学は千絵の言葉を真剣にメモしていた。やはり餅は餅屋というべきか。阿久津にはこうした講義は絶対に無理だったので、千絵を呼んで正解だった。

「それじゃあ学くん。このジャケットを中心にコーディネートを組んでみようか。クローゼットにあるものでもいいし、うちの彼がくれたアイテムを使っても良いよ」
「ええ、難しいな。でも、分かりました」

千絵はこうした実践形式での授業も行ってくれた。