「それよりさ、ちょっと、相談……」

阿久津は2人から星への関心をそらそうと話題を変えた。

「僕たちに? もちろん、お力になれればいくらでも」
「はい! どんな内容ですか?」

人事課の皆に「阿久津親衛隊」と呼ばれている彼らの反応はさすが早い。

「ええと、最近ね……なんか、アーティストっぽいというか、芸術家肌? な人と知り合ってね」
「わーっ! それ、男性ですね?」

まだ話の全容を話していないのに色めき立つ花澤に阿久津は驚く。

「え、何でわかるの?」
「分かりますよお。阿久津さんの表情とかで!」
「俺もそうかなとは思ったけど花澤さんは反応早すぎて恐ろしいわ!」

間宮が突っ込む。

「そ、そう。分かりやすいのかな私」
「それでそれで? どんどん話してください!」

花澤に促され、阿久津は続きを話す。

「それで、その人は絵を描く系の人なんだけど」
「うんうん!」
「ある時偶然、その人がこっそり私の絵を描いてるのを見ちゃったんだよね。それが、結構素敵な絵で」
「ええ〜何それ! めちゃくちゃキュンときた! そんなアーティスト気質の男性と恋愛したことないから羨ましい」
「いやいや、恋愛とかではないけど」
「恋愛ですよお!」

花澤は箸を動かすことも忘れて悶えている。対して、間宮の方は幾分か冷静だ。

「それ、阿久津さんはどう思ったんですか? 変な話、あまり受け付けない異性に勝手に自分の絵を描かれてたら良い気分しないと思うんですけど」
「ああ、確かに言われてみればそうだね」

嫌悪感などは無かった。ただただ驚いただけで。でもそれは、学の絵に魅力があったからかもしれない。

「とりあえず嫌ではなかったかな」
「それなら良かったじゃないですか。なんか素敵ですね、そういうの」

間宮も嬉しそうに微笑んだ。

「それで、今度は正式にモデルを頼まれたんだけど……彼は一体どういうつもりなのかな?」
「ええ!」

花澤と間宮は顔を見合わせる。

「それ、もうミューズってやつじゃないすか! レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザみたいな」
「はあ〜何それ、ドラマ化決定ですよ!」

あのルーブルの名作と一緒にされるのはすごく恐縮なことだが、確かに名誉なことには違いなかった。

「私にそんなモデルなんてこと、出来るのかな。じっとしてるのは得意な方だけど、全く絵になる予感がしないというか……」
「多分その人にとったら、阿久津さんじゃないと駄目なんですよ! 阿久津さんはその人からすると、きっとインスピレーションが湧いてくる人なんですよ。他にプロのモデルさんが居るのに、阿久津さんに頼んだ意味を考えてください」
「そうかあ……」

学がこれからも絵が描けるように、自分なりに精一杯頑張ってみるか。阿久津がやる気になってきた時、花澤が「あ!」と声を上げる。

「ただ、いきなりヌードモデルしろとか言ったら断った方が良いと思いますよ! それはただのセクハラ野郎です」

昔、道端でそういう変なオヤジに声かけられました、と花澤は言った。本当に、可愛い子はいつも変な男のせいで苦労しているのだなと思い知る。

「最悪だねそのオッサン。分かった。多分、そういう人じゃないと信じたいけど……もしヌードモデルとか言い出したらキッパリ断る」
「そうです! 応援しています!」

とりあえず、モデルをするにあたって最近左の目元に出来た薄いシミを消そうかな、などと思う阿久津だった。