三週間後、ポールが死んだとお父様から聞かされた。

「もう刑が執行(しっこう)されたのですか?」

 私は椅子に座ったまま、尋ねた。

「それはおかしいんじゃないか。刑が確定したのは一週間前だったから、執行されたとは思えない。まさか旦那様の指示、ではないですよね」

 目の前のベッドに座っているエリアスも、疑問を口にした。そう、ここはお父様の執務室ではなく、寝室だった。

 カルヴェ伯爵邸には使っていない寝室が幾つかある。
 その一室を使い、エリアスを養生させていた。私が看病したいがために、お父様に無理を言って許可してもらったのだ。

 始めは渋られたが、目の届かない使用人の宿舎よりもいいと判断したのだろう。看病は日中だけ、という条件付きでの許可だった。

「執行されたわけではないよ、マリアンヌ。エリアスの言う通り、刑が確定されても、すぐに執行するわけではないからね。それから私を何だと思っているんだ、エリアス。マリアンヌの前で、私を冷酷な人間に仕立てたいのか?」
「いえ、そんなつもりはありません。ただ憶測を言ってみただけです」

 そっと隣の椅子に座るお父様を見ると、不満そうな顔をしていた。
 エリアスは時々、こうして今のように軽口を叩くことがあった。お父様もあまり嗜めないため、私も注意しなかったけど。

 始めに気がついたのは、二年前。領地に向かう途中で設置した野営地でのことだった。
 お父様に対するエリアスの態度が急に変わったのだ。今まで歯向かう姿を見ていなかっただけに、私は戸惑った。

 それも、まるで張り合っているかのように感じる二人のやり取り。主に、どっちが優秀かという内容だったけど、その端々に私の存在が見え隠れしているのが気になった。

 決め手となったのは、三週間前。エリアスが刺された後の出来事だった。
 言うに(こと)()いて、エリアスの背中を押せ、だなんて。
 だからエリアスも、お父様に遠慮しなくなったんだと思う。

「お父様が冷酷だなんて、思ったりしませんよ。ですから、話の続きをお願いします」
「あぁ。そうだったね。ポールは自殺したんだよ。牢屋の中で」
「自殺!?」

 思わず驚いたが、納得する部分もあった。
 未だに平民になったことを認めず、貴族だと言い張ったポール。そこまでプライドが高ければ、牢屋に入った自身を許せるとは思えない。
 ポールはその感情を、私やお父様への恨みに変換させずに、別の選択を取った、ということなのだろう。

 恥をさらすくらいなら、誰かの、いや平民の手にかかるのでさえも、我慢できなかったのかもしれない。自分で終止符を打つという、選択をしてしまうくらい。

「ポールらしいな」
「……それでも、罪をきちんと受け止めてほしくもあったがな」
「旦那様でも、そう思うんですか? 意外ですね。いや、マリアンヌがそうなんだから、当たり前か」
「私?」

 えっ、何で? と急に話題が私に移ったことに疑問を抱いた。が、エリアスとお父様は納得した様子だった。

「忘れたのか。二年前、アドリアン様とオレリア様の罪を軽くしたのは、マリアンヌだって聞いたぞ」
「だって、あのまま二人が裁かれたら、リュカは死刑になってしまうのよ。今回のポールと同じ、殺人未遂であっても」
「あいつはそれだけのことをしたじゃないか」
「リュカに殺意はなかったのよ。それなのに死刑なんて、酷いじゃない」

 (さと)してみたが、エリアスの不満は変わらなかった。リュカとの確執が大きいからか、それとも嫉妬心からなのかは分からない。
 私は視線をお父様に向けた。

「まだまだだな、エリアスは。マリアンヌの性格はイレーヌ似なのだよ。仮にイレーヌが生きていたら、きっと同じことを言っただろう。だからあの時、私は賛同したんだよ」
「……今回も、それと同じなんですか?」

 さっきのやり返しだろうか。今度はエリアスが不満そうな顔のまま質問した。

「ふむ。そうだな。病床のイレーヌは、自分の容態が毒によるものだと、気づいていたかどうかは分からない。イレーヌをマリアンヌだと考えてみろ。お前もそう思うんじゃないか?」
「……そう、ですね」

 否定しないんだね、エリアス。

「私が事実を告げたとしても、イレーヌはきっと、ポールを恨まないだろうね。マリアンヌと違って、平民としての感情があるから。罪を償ってほしい、と私が言ったのは、そういうことなんだよ」

 お父様は私の頭を優しく撫でた。多分、私を通してお母様を見ているんだと思う。

 それが何だか辛かった。私とマリアンヌの性格が似ていたから、お父様は疑問を抱かない。お母様というフィルターを通じて見ていたから、余計に。

 だけどリュカのように、マリアンヌを本当に見ていた者なら気づいたはずだ。私がマリアンヌじゃないことを。

 だから、ある提案をしてみた。

「お父様。ポールが亡くなったことを知らせに行きたいんですが、いいですか?」
「そうだね。気分転換にもなるだろうから、行ってくるといい」
「ありがとうございます」
「それで、誰に会いに行きたいんだい?」

 お父様の質問に、私はある人物の名前を上げた。


 ***


 そんな会話をした一週間後、私は、いや私たちは馬車の中にいた。
 目的地はカルヴェ伯爵領内の修道院。そう、オレリアに会うために向かっているのだ。

 本当は、リュカのいるユーグの家に行きたかったんだけど、約一名の妨害に遭って、却下された。

「別にリュカだけってわけじゃないのに……」

 窓の外に顔を向けながら、私は呟いた。向かい側に座るエリアスに、敢えて聞こえるように。

「ユーグは事情を知っているんだ。気を配るかもしれないだろう」
「……ユーグだけ、とも言っていないわ」
「同じことだ。今のリュカの主はユーグなんだから。ユーグが許可すれば、リュカに会うことになる」

 お父様に進言してから、もう何度もしているやり取りだった。あぁ言えばこう言う。こう言えばあぁ言う。だから結局、私が折れるしかなかった。

「リュカはダメでオレリアはいい、と言うのね、エリアスは」

 それでも疑問に思う。普通は逆じゃないの?

「ユーグの話だと、オレリアは改心して、まるで別人のようになっているらしい。だから、二年前のようなことは起こらない」
「私もユーグと、手紙のやり取りをしているから知っているわ。オレリアは大分、変わったって」

 行先を変えられても、あまり文句を言わなかった理由がそれだ。

 乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の悪役令嬢、オレリア・カルヴェがどう変わったのか、見届けたかったのだ。
 私が変えてしまった未来だから。