◆◇◆


 親愛なるマリアンヌへ

 手紙、ありがとう。最近、なかなか手紙を出せなくてごめんね。

 僕も十五歳になったから、本格的に屋敷の給仕をし始めたんだ。ようやくあいつに追いついた気がして、少しだけ悔しいよ。

 そういうわけで、手紙を書く時間が取れなくて。何をしているのか、は相変わらず教えられないんだ。書きたいんだけど、ダメって言われているから。

 そういえば、また外出したんだってね。あいつなんて、大して役に立たないんだから、そんなに頻繁に外出するのは危ないよ。僕よりも背がずっと伸びて、護衛らしく見えるようになっても。

 会いたいけど僕も忙しくて、結局実現できそうにないのが残念でならないよ、マリアンヌ。

 いつになったら、会えるのかな。

 リュカ・ドロレ


 ◆◇◆


「相変わらず、リュカと仲良くできていないのね」

 手紙から目を離して、背後にいるエリアスに声をかけた。

 あれから二年が経っても続いている、リュカとの文通。けれど、なかなか私の思惑通りにはいかなかった。

 その証拠にリュカからの手紙には、必ずエリアスの皮肉か悪口が入っている。未だ私の傍にいるのが、気に食わないらしい。

 けれど、エリアス郵便(私命名)のお陰か、嫌がらせはだいぶ前からなくなった、と小耳に挟んだ。ふむふむ、一応成果はあったようで安心した。

 そんなリュカも、最近は何やら執事になるための勉強をし始めたらしい。本人は秘密にしているが、使用人たちが教えてくれた。

 これでエリアスを出し抜ける。そんな考えをしているんじゃないか、とまで噂されているようだ。

 念のためにもう一度言うが、リュカは私に知られていない、と思い込んでいる。けれど私の耳に入るくらいだから、周知されているのは間違いない。

 そんなことで大丈夫なのかなぁ。また別の意味で心配になった。

「向こうにその意思がないんだから仕方がないだろう」
「エリアスも、でしょう」

 先ほど、リュカの手紙を持ってきた時のことを思い浮かべた。相変わらず、嫌そうな顔を隠そうとしない。

 エリアス郵便を始めた当初から、一向に変わらない仕草。だから、そんな名前をつけていることが知られたら、どんな顔をするか。そんなの分かり切っていたため、エリアスには秘密にしていた。

 秘密というのは、こういう風にするものよ、リュカ。

「……それよりも、旦那様の所に行く時間だ。待っていらっしゃる」

 私の言葉に答えるつもりがないのか、そう言いながら手を差し出してきた。

 エリアスの言う通り、今日はこれからお父様と出かけることになっている。


 ***


 私はいつものように、朝食の席で、お父様に外出の許可を求めた。

「今日はどの辺りを行くつもりだい」

 お父様は時々、こうして行き先を尋ねることがある。

「ラモー川沿いにあるデデク公園です」
「デデク公園?」
「はい。この間、通りかかった時に、ピクニックをしている人たちを見かけたので、私もたまには外で昼食を取ってみたいと思いまして」

 すでにニナを通して、シェフたちにお弁当を作ってもらう手筈になっていた。だからここで、お父様に反対されると非常に困ってしまう。

「行くのはマリアンヌとエリアス、あとはニナだけかい?」
「はい。その予定です」
「そこに私が加わってもいいかな」

 勿論! 多めに用意するよう、シェフに頼めばいいのだから。ただ、心配事が一つだけあった。

「お忙しくはないのですか?」
「問題ない。娘と出かける時間くらい、どうにでもできるよ」
「ありがとうございます!」

 本当のマリアンヌではなかったが、純粋に嬉しかった。この二年間で私は、すっかりお父様の娘になったようだ。


 ***


 そうして決まったお父様とのお出かけ。年甲斐もなく、はしゃいじゃうくらい楽しみにしていたのに。

 私はすぐに、エリアスの手を取ることができなかった。それくらい、エリアスとリュカの問題は、私の頭を悩ませていた。

 この二年、二人の仲が良くなるとは、さすがに思っていない。エリアス郵便で得た成果から、少しずつ歩み寄ってほしい、と淡い期待をしていたのに、まさかここまでとは。

「マリアンヌ?」
「待って。リュカの手紙をしまうから」

 封筒に入れようとした直後、私の手は空になった。

「エ、エリアス!?」

 いきなり腰を掴まれ、抱き上げられたのだ。

「すぐに返事を書くわけじゃないんだから、このままでも問題ないだろう」
「散らかしっぱなしになっちゃうじゃない」
「これくらい散らかった内に入らないし、どのみちニナさんが片付けてくれるから大丈夫」

 なんて言い草。ちょっとリュカを優先しただけでも嫉妬するんだから。二年前はこんなに酷くなかったのに。

「折角背が伸びて、格好良くなったのに……」

 これじゃ、残念なイケメンだよ。

 そっと頬に触れると、私の手に擦り寄せるように顔を動かしてきた。

「そう思うなら、俺だけを見て」
「っ!」

 違う。嫉妬深くさせたのは、私だ。

 恥ずかしくて、エリアスの首に腕を回した。