数日後、ルーセル侯爵令嬢とアダン伯爵令嬢の処遇を記した手紙が、カルヴェ伯爵邸にいる私の元へ届けられた。
 送り主は勿論、レリアだ。

 あの時、フィルマンが答えなかったのは、他にも余罪があったからだ。
 ロザンナを断罪した時、彼女たちもまた裁かれるはずだったのに、何のお咎めもなかったらしい。
 故に、フィルマンはその罪状も加算させた処罰を下したかったのだ。

 これから先もレリアを守るために。

「レリアは何て?」
「ルーセル嬢とアダン嬢の罪が確定したから、その知らせ。国外追放になったのね」

 悪役令嬢、ロザンナ・ジャヌカン公爵令嬢はハイルレラ修道院にいるのに、取り巻きの二人は国外だなんて。

 手紙を封筒の中に入れながら、私は溜め息を吐いた。

「王太子の婚約者を相手にしたんだ。妥当だろう」
「ロザンナより軽くても?」
「ジャヌカン公爵家が未だに力を持っている。その影響、としか言えないな」
「まだまだ気が抜けそうにない、というわけね」

 私の言葉がおかしかったのか、エリアスが頭を傾けた。

「マリアンヌが?」
「レリアが、よ!」

 もう、どうして今の流れで私になるの?

 むくれそうになる気持ちを抑えながら、レリアからの手紙を引き出しにしまった。するとエリアスは、それを待っていたかのように、私の左手を掴む。

 薬指にはめられた指輪に、そっとキスを落とした。
 婚約式からずっと私の左手にある、マリーゴールドをかたどった指輪に。中央にはダイヤモンドが埋められた婚約指輪だ。

 それを満足そうに見つめるのが、婚約式の次の日から始まった、エリアスの日課だった。
 けれど今は、その続きがある。

 エリアスは私の左手を引き、椅子から立ち上がらせる。
 私の腰を左手で掴み、右手は首元へ。ネックレスに手を伸ばした。

 舞踏会の日の夜、エリアスから貰ったマリーゴールドのネックレスに。


 ***


「もう夏に近いとはいえ、まだ夜は寒いんだぞ。それなのにこんな薄着で」

 月明かりの元、庭園に姿を現した私を見て、エリアスが慌てて近づいた。

「ごめんなさい。今日、舞踏会で見たご婦人方を思い出したら、これくらいでいいかなと思って」

 舞踏会用だからと肩を露出したドレスを着て行ったけど、ホールにいたご婦人方はもっとだった。
 背中を大胆に開けたホルターネック。肩から胸元にかけて露出したビスチェ。

 さすがにあれらを着れるほど、スタイルがいいわけじゃないから、高望みはしないけど。
 それでも今、着ているのは丈の長いワンピース。夜だから、ショールを羽織って来たんだけど、エリアスからは寒そうに見えたらしい。上着を肩にかけられた。

「外に比べると室内は暖かいからな。さらにダンスもするんだ。参考にする前提がおかしい」
「ふふふっ。そうね」

 上着から感じるエリアスの体温に、不謹慎だと思いながらも嬉しくなった。

「温かい」
「っ……それなら良かった」
「ねぇ、話が長くなるのなら、ベンチに座らない?」

 エリアスの手を引っ張り、庭園の奥を指差した。
 何だかエリアスの様子がいつもと違う感じがしたのだ。

「いや……話は……その、用はすぐに済む」

 けれどすぐには話してくれなかった。

 言い辛いのなら、言い易い雰囲気にしてあげるのが、年上ってものよね。
 ずっと、頼りっぱなしだったし。エリアスも私の内情は知っているから。

「エリアス」

 私は俯くエリアスの体を抱き締めた。

「催促はしないからゆっくりでいいよ」
「ゆっくりじゃ、ダメなんだ」
「どうして?」
「……結婚する前に言わないと」
「何を?」

 エリアスがこんな風になるほど、重要なことがあったかしら。

「……プロポーズ」
「っ!」

 私は思わず、エリアスの体から離れた。
 そういえば、日程は決まっているけど……さ、されて……ない……。

 気にしてくれていたんだ。

「タイミングとしては、婚約式の前に言うのが筋なんだけど。……ごめん」
「ううん。色々やることがあったんだから仕方がないわ」

 詰め込み過ぎる日程をこなしている最中に、そんな余裕など私もエリアスもなかった。

「違う。言う前に、聞きたいことがあったんだ。でも、答えを聞くのが怖くて……」
「私がエリアスを拒絶するとでも?」
「そういう話じゃないんだ。……その、ゲームをしたって言っていただろう。この世界が舞台の」
「うん」
「状況で俺を選んだのは分かるんだ。だけど、もしゲームをしている時から好きな奴がいるなら……」

 あぁ、そうか。だからエリアスは怖かったんだね。
 私の推しが、自分じゃなかったらって。いつも自信満々のエリアスでも、(くつがえ)せない事柄だ。

「私がその人のところに行ってもいいの?」
「っ!」
「エリアスは手放しで喜んでくれるの?」
「できるわけがないだろう!」

 上着が下に落ちてしまうほどの勢いで抱き締められた。

「なら、そんなことを言わないで。私はエリアスのことが好きなんだから。今も昔も」
「本当に?」
「これでも、エリアスしか見てこなかったつもりなんだけど」
「そうは見えなかった」

 まさかの反論。何故に?

「リュカの要望はすぐ聞くし、ユーグには安易にプレゼントを渡す。ケヴィンのところに行くな、って言ったのに破るし、フィルマンを見る目が嫌だった」
「……ごめんなさい」

 そんな風に見ていたとは思わなかった。
 私の謝罪にエリアスは、溜め息を吐いた。

「こんな格好悪いところを見せるつもりはなかったのに」
「そういうところも、これからはたくさん見てみたいけど、エリアスは嫌?」
「俺はマリアンヌに嫌われなければなんだっていい」

 私もエリアスに対してなら、同意見なんだけど。凄いセリフ。

 そんな風に思っていると、エリアスは私の体を離して距離を取った。

「こんな俺でも、一緒にいてくれるか。生涯を共にしたいと思ってくれるだろうか」
「勿論よ。どんなエリアスだって好きだもの」
「ありがとう」

 ようやく見せてくれた安堵の笑顔に、私も微笑んだ。

 すると今度は、ポケットから箱を取り出して、私に見えるように蓋を開けた。
 婚約指輪と同じ中央にダイヤモンドがはめられたネックレス。マリーゴールドの模様まで同じだった。

「これ、婚約指輪とお揃い?」
「うん。思い出の花だから。少しだけ早いけど、誕生日プレゼント。当日は多分、渡せそうにないと思うんだ」
「ありがとう」

 私が手を伸ばすよりも、エリアスが箱からネックレスを取り出す方が早かった。
 付けてくれるんだ、と悟った私は後ろを向いて髪をたくし上げる。

 間があったのが少しだけ気になったけど、手間取らずに付けてくれたのは、さすがだと思った。

「うん、よく似合っている」

 前を向くと、満足そうに微笑みながら、エリアスは再びネックレスに触れた。

 鎖骨にエリアスの指が当たってドキドキする。
 夜風はまだ肌寒さを感じるほど寒かったけれど、今はそれが心地よかった。