「棗、俺の彼女になってくれる?」


「うん」


「やっとだ」


「うん」


「夢じゃないよな」


「ほっぺ、摘んどく?」


「ん、摘んでみて」


少し屈んで頬を近づけた風馬に手を伸ばす


大きな窓に広がる夜景と二人のシルエットが重なって



摘もうとした手をそのまま頬に添える


風馬の潤んだ瞳がいつもより優しいことに胸が高鳴って


そっと背伸びをした



「・・・っ」


一瞬だけ触れた唇


目を見開いた風馬



四半世紀以上一緒にいた二人の距離が



やっとゼロになった






「キャ」
「おっと、大丈夫?」


酔っているのに

つま先立ってグラついた私を


風馬の長い腕が支える


また逞しい胸の中に逆戻り


その温もりにホッとすると同時に頭の中を巡ってきたのは椛の言葉だった


鈍感な私は全く気づいていなかったけれど

子供の頃から風馬は私のことを好きだと言った


もっと早くに風馬のことをちゃんと考えていれば
晴雄に泣かされることもなかったのかもしれない


ずっと一途に私を想ってくれている風馬も


大阪に行こうとまでした私を見ているのは辛いことだったのかもしれない


風馬との距離があまりにも近過ぎて
大切なものに気づくのが遅れた


“たられば”の話しを今更考えても仕方ないのかもしれないけれど



今度こそ


間違えないように


離れないように


「ん?」


抱きしめられたまま風馬の手に自分の手を絡めた


「迷子にならないようにね」


「あぁ、そうだな」




長い長い一日だった



風馬から逃げるように出掛けて
金村茉莉乃に会って
椛に曝け出して泣いて


辛い一日が


帳消しになった



風馬の温もりに身を委ねながら
繋いだ右手をもう一度握りなおす


トン、トンと背中を撫でてくれる大きな手に誘われて


いつもより早い眠気にゆっくり呑み込まれていった