それは、風馬と顔を合わせたのに声を掛けるタイミングを失った所為で
同居してから初めて風馬に黙って出掛けた日のことだった
「ちょっと良い?」
「・・・うん」
こちらの都合なんてお構い無しの高圧的な態度の彼女に連れられて入ったのは駅ナカのカフェ
じっくり観察していても足首は治っているみたい
だって捻挫してる人がハイヒールなんて履かないよね
ポジティブに考えていた私に
「棗ちゃんはいつまで風馬君のお荷物になり続けるつもり?」
彼女は呆れた顔を見せた
いきなりだけど想定の範囲内の物言いに特別動揺したりしない
そう思っていたのに
「株式会社Gラインって知ってる?」
話が思わぬ方向へ逸れた
Gラインと言えばスーパーマーケットをはじめとする小売店を展開する企業で
ウインドにも安定した依頼がある得意先
「知ってるけど、それがなに?」
「Gラインの社長って私のパパなの」
「・・・っ」
「その様子じゃ知らなかったのね」
・・・どうしよう
頭の中を占めるのは目の前の彼女のことよりもウインドのこと
これだけ自信たっぷりに話すということはウインドにとってよくない流れに決まっている
社長を思い浮かべてみれば
娘と契約を天秤にかけるような父親に思えるだけに気が滅入った
風馬と一緒に何度かGラインの事務所を訪れたことがあるけれど
脂ぎった中年の社長は、そばで控える秘書や人事担当への物言いまで酷いものだった
誰に向けても高圧的な物言いは親子で似ている
となれば、自分の父親だと薄ら笑いで話していることからして
此処に呼び出されたことが良くないものだと決まったようだった



