「棗、起きて」


「・・・ん・・・っ!」


風馬に揺り起こされて、覚醒していない目が捉えたのは

二十年振りに眼鏡を外して目元が露わになった風馬だった


「髪」


「あぁ、コレ?棗が寝てる間に切りに行ってきた」


短くなった前髪に触れながら、少し照れた感じで笑う風馬から目が離せない


「変、かな?」


「ううん。変じゃないよ」


寧ろ格好いい


私の所為で隠してきた目元が露わになっただけなのに酷使している心臓は既に倍速


元々、二重の可愛い瞳だったのに
大人になった今は、その可愛さを残しつつ格好良くなっている


これまで“ダサ男”として過ごしてきた学生時代が気の毒に思えるほど
風馬の格好良さに衝撃を受けた


「夜は外に食べに行こうか」


「・・・夜?」


会社から帰ってベッドに入ったのが11時頃だったのに、夜?


左腕を持ち上げて時計を見ると
「っ!」夕方五時を過ぎたところだった


「良く寝てたから起こさなかったんだ」


「・・・ありがとう」


「スープ屋にする?」


「・・・賛成」


今日は一日色々あり過ぎて
余り食べたくない


それを分かって提案してくれる風馬は流石だなって思う


「支度ができたら教えて、部屋で一件電話してくる」


「うん」


仕事の電話だろうか
私の所為で休んでしまった一日分を明日以降で取り返そう


気持ちを切り替えるとノソノソと起き上がった



風馬の電話の邪魔をしないように
静かに支度を済ませたけれど

結局、風馬の部屋に入るのを躊躇ってリビングのソファで待つことにした


待つこと三十分


リビングの扉が開いた音に顔を向けると、少し驚いた顔をした風馬が入ってきた


「教えてって言ったのに」


「仕事の電話だと悪いかな〜と思って」


「仕事、というか、仕事じゃないんだけど
仕事みたいなもん、かな」


聞くつもりもなかったのに風馬の歯切れの悪さに
「どういうこと?」と思いが口を突いてでる


「えっと、雑誌の取材」


「雑誌?」


「若い経営者特集、みたいな」


「へぇ」


「棗が嫌なら断るけど」


「ん?嫌じゃないよ?会社名が出るなら宣伝にもなるし」


「分かった」





この時の判断を後々後悔するのは雑誌が発売されてからのことだった