お城に到着した私はすぐに家に帰ろうとしたのだけれど、馬車は私を外に見えない力でぽんと弾き飛ばすようにして押し出すと、扉を閉めてしまってそれきりだった。
 必死で馬車の扉を渾身の力でもって開こうとしたのだけれど、私にはジョルジュお姉様のような筋肉がないから無理だった。
 お母様たちに怒られるかもしれないと思いながらも、きちんと謝ろうと思って私はお城の階段をあがると舞踏会の会場へと向かった。
 もしかしたら王子様がお姉様たちを選んでいるところを見ることができるかもしれないし。

 舞踏会の会場に足を踏み入れると、人混みが何故か二つに割れた。
 良く分からないけれど、来たばかりの客に道をひらくという決まりでもあるのかもしれない。
 きょろきょろしながらお母様たちを探してみるけれど、どうにも見当たらない。
 困り果てていると、目の前から見知らぬ煌びやかな細身の男性がやってきて、私に手を伸ばした。

「美しい方、私と踊って頂けますか?」

「え、ええ、はい、あの、私、人を探していて……」

「良かった。姫、こちらに。探し人のことも、私が聞きましょう」

 誰だか知らないけれど、親切な人だ。
 その男性は私を舞踏会のホールの真ん中に連れていくと、私の手と腰をとって音楽に合わせて踊り始める。
 周囲の人々から「王子がはじめて女性と踊った……!」「あの女性は誰なんだ!」というざわめきが聞こえる。

「まさか、王子様なのですか……?」

「ええ。私はアーサー・ラローズ。王子というのはただの肩書き、あなたの前に私は、一人の恋する男にしかすぎません」

「初対面なのに……!」

「一目で恋に落ちることもあるというもの。……というのは嘘で、私はあなたを知っています。デランジェールの隠された花、ジョルジュやリュシアンが大切にしているあなたを一目見たいと思っていました」

「お姉様たちを知っているのですか?」

「それはもう。そして、一目見て私はあなたに恋をしました。どうか、ラシェル、私と結婚してくれませんか?」

 アーサー様がゆっくりとダンスのステップをとめると、私の前に膝をついて言った。

「駄目だ、アーサー様には筋肉が足りない」

 アーサー様の背後に腕を組んだ男性がいる。
 ジョルジュお姉様だ。けれど今はドレスではなくて、何故か騎士の服装だった。

「駄目だよ、アーサー様には努力が足りない」

 ジョルジュお姉様の隣には、リュシアンお姉様が立っている。
 何故か魔導士の服装をしている。

「駄目に決まっているわよ! 何盛大なパーティー開いてあたしたちの可愛いラシェルちゃんを手に入れようとしてるのよ! 帰るわよ、ラシェルちゃん!」

 お姉様たちの真ん中に立っているお母様は、立派な男性用の貴族の服装だった。
 そして私はお母様に小脇に抱えられると、「駄目じゃない、ラシェルちゃん! 家にいる約束でしょ!」とちょっとだけ叱られながら、家に戻ったのだった。

 ――あれ以来、王子様からの求婚は続いている。
 この間は贈り物として持ってきてくれたガラスの靴を、ジョルジュお姉様が叩き潰していた。
 
 本当はお母様は、ファブリス・トリスタン王弟殿下で、ジョルジュお姉様はお兄様で、王国騎士団で騎士団長を務めているらしい。そして、リュシアンお姉様もお兄様で、宮廷筆頭魔導士としてお城勤めをしている。
 ファブリス様という方は変わり者で、早くに奥様であるイヴ・トリスタン公爵夫人を亡くしてからというもの、二人の息子の母になると言って、女性として生活をはじめたのだという。
 お城を嫌い城下で散策することも多く、お父様とは偶然街の酒場で意気投合したらしい。
 お母様の余命がいくばくもないこと、また、実はお父様も重い病気にかかっていること、残された私の心配をしていることを知ると、ファブリス様は私のことは自分に任せろとお父様と約束をしたのだという。
 そうして、ファブリス様は、ファブリスお母様になってくれた。
 お兄様たちは、ファブリス様を大変慕っていたので一緒に行くといってきかずに、けれど急に年頃の男が二人も家に来たら私が怯えるだろうということで、ファブリス様に倣って女性の姿になっていてくれたのだそうだ。

 今でも私は素敵な家族と一緒に暮らしている。
 アーサー様も素敵な方だとは思うけれど、――とっても優しい家族と離れがたくもあり、みんながアーサー様を認めてくれるまでは、私は結婚をしなくても良いかななんて贅沢なことを考えているのである。