お母様が息を引き取られたのは、柔らかい日差しが窓辺から差し込む暖かい春の日だった。
 お父様は貿易商を営んでいて、元々家を留守にしがちだった。
 お母様が病みついてしまって、徐々に元気がなくなりやがて天国に旅立たれた時に、お父様はお仕事で他国に行かれていて間に合うことができなかった。
 お母様の亡骸を神父様にお願いして埋葬した数週間後に、お父様がやっと家に帰ってきた。

「ラシェル、良く聞きなさい。オリビアが亡くなって、家にはお前一人。私は仕事で家に帰ることも稀だ。お前が嫁に行く支度も、私では満足にしてあげることができない」

 お母様の弔いの後、お墓の前で祈りを捧げる私にお父様は言った。
 街外れの教会の裏手にある集団墓地の一角にお母様は埋められて、墓石にはオリビア・デランジェールの文字が刻まれている。
 古い墓石の並ぶ墓地には、すみれの花が草むらの中から顔を出して風に揺れていた。

「お父様、大丈夫です。私ももう十七歳。自分のことは自分でできます」

「いや、それではいけない。オリビアはお前を大切に思っていた。もちろん私も。母親がいなくなり、父親も不在となっては、良縁に恵まれたとしても良い顔をされない場合の方が多い」

「好きな方も、結婚したい相手もいません。心配してくださってありがとうございます。でも、私はひとりでも大丈夫です、お父様」

 この数年は、病に臥せるお母様のお世話をずっとしていたので、自分の時間を取ることはできなかった。
 お母様のお世話ができたことは嬉しかったし、ひとりでいることも辛くない。結婚についても、まだ考えることができそうにない。
 私がそう伝えると、お父様は静かに首を振った。

「お前のため、私は早々に再婚をしようと思う。私に代わり新しい母がお前を支えてくれるだろう」

 私はびっくりしてお父様を見つめた。
 それ以上のことは何も聞けなかったけれど、お父様はお仕事で家を不在にしがちだから、もしかしたらお母様の他にも良い相手がいたのかもしれない。
 それはすごく悲しいことだけれど――それでも、お父様が再婚なさって幸せになるのなら、それはきっと良いことだろう。
 私はそう思って、小さく頷いた。

 お母様が亡くなって数日後、お父様はお仕事に出かけた。
 そしてお父様の乗った船が嵐に巻き込まれて遭難したという知らせと共に、旅立つ前に港から私に送ったのだろう手紙が届いた。
 手紙には、『再婚相手がその子供たちを連れて家にやってくる。きっとラシェルを大切にしてくれるだろうから、仲良くやりなさい』と書かれていた。
 私はその手紙を胸に抱きしめて、床にへたり込んでしばらく呆然としていた。
 私の家族は誰もいなくなり、新しい家族が家にやってくるのだという。

「どうしよう……」

 家の全ての明かりが消えて、真っ暗闇の中に置き去りにされたような気分だった。
 うまく、頭が回らない。
 ややあって、家の扉が叩かれた。ぼんやりしながら私は立ち上がり、扉に向かう。
 お父様はいなくなってしまったけれど、結婚の契約を交わしたのなら、新しいお母様は私のお母様になる。
 子供たちがいるとしたら、その子供たちは私の姉妹になる。
 帰っていただくというのはできないだろう。それはとても失礼にあたる。
 不安で手が震えた。一人きりになってしまったほうが、良かったのにと思う。
 家族になる方たちのことを、私は何一つ知らない。
 ぎぎ、と小さな音を立てて扉を開くとそこには、それはそれは大柄な女性が三人立っていた。