「っ、眩しっ!」

春の気持ちいい朝日が目に直撃する。

ゆっくり目を開けていけば、

そこは桜色の楽園だった。

私の家は猫荻川(ねこおぎがわ)の前にある。

猫荻川は大きめの川で、沿岸に沿ってコンクリートで河川敷が整備されている。

川より2段くらい上のところに家や商店街などの建造物があり、1段目には芝生が植えられ、公園のようになっている。

芝生には桜の木も植えられ、春にはとても綺麗な花筏(はないかだ)が見られるのだ。

花筏とは、川の水面に花びらが舞い落ち、筏のようになっている風景のことである。

転落防止のため柵が設けられているが、さほど深くなく流れも遅いため、よく子供たちが遊んでいる。

私は小さい頃からこの川が大好きだった。

「うっはー!きれーい!」

「ンニャァア!」

わたはこの綺麗な風景を私に見せたかった!

───というわけではないようだ。

「えっ?そっち行くの?川じゃなくて?」

「ニャァ」

ぴょんと私の腕からおりて、向こう岸に渡る橋とは逆の方向に歩き出すわた。

それにしても、早起きってこんな気持ちいいことなんだ。

「いやぁー、やっぱ猫荻の空気は澄んでるねー!」

すぅーっ、と深呼吸をする。

はぁーっ、と息を吐く。

「どこに行くのさわたぁー」

フ、と尻尾を一振り。

「鳴くのもめんどくさいってか...」

はぁ

さっきとは違う意味の息を吐く。

歩いて8分くらい経っただろうか。

「えっと...わた、これはどういう...?」

わたが連れてきたところは、猫荻川を渡る交通手段として主流の大きな橋、「猫荻橋」とは真逆にある、小さな橋の「桜鏡橋(おうきょうばし)」だった。

ここは圧倒的に人通りが少なく、ていうかほぼ人は通らない。

でもここは1人で落ち着ける場所だったので、悩みがあったらここに来て上から川を見ていた。

わたを拾ったのもここの橋の下だ。

「どーしたのさ。急にこんなとこ連れてきて。」

「ニャァン」

まだ目的地には着いていないようだ。

「ここから先はマンションくらいしかないはずだけど...」

橋をほぼわたりきったところで、私は「あ、」と声を漏らした。

「なにあの店...」

橋から左に300m、奥に50mくらいの地点に、青を基調とした爽やかなイメージのお店が建っていた。

喫茶店だろうか。2階にはテラスらしきものもある。

「ア、アズール...?」

看板には「ハンバーガーショップ『アズール』」と書かれていた。

「へぇ...ハンバーガーね...」

川沿いにぽつんと建っているのでけっこう目立つ。

私が中学生の頃はこんな店無かったはずだ。

近くに桜の木が一本植えてあり、近くにはかわいらしいベンチブランコがある。

芝生が朝露を浴びて朝日を反射している。

「ニャアン」

「あーごめんごめん。」

目的地はここでもないらしい。

よそ見をする私に怒ったかのようにわたは鳴いた。

「ねぇ、こっからはホントにマンションしかないよー?」

「ねぇわたー?」

「ニャッ!」

突然わたが走り出した。

「へっ?!なになに、どしたの?!」

わたはそのままマンションまで走っていって、マンションの裏の方へ曲がって姿が見えなくなった。

「はぁ、も、なによ急にー。」

息を切らしながら走っていって、やっとマンションのはじっこまでたどり着いた。

「わたぁー?急に走ってどう、した...」

マンションの裏に顔を覗かせた私は、思わず言葉を飲み込み、立ち尽くした。

「かわいいなー。よしよーし...ってえ?!ひなた?!」

そこには、わたを撫でる澄杜の姿があったのだ。