帰り道、
「あいつら早速はしゃいでんねぇ。」
亜美が呆れ顔で言う。
「えっ、知り合い?!」
「うん。まあ小学校で3年間一緒だっただけだよ。」
「へぇ...って、え?3年...?」
「あぁ、ごめんごめん言ってなかったね。私小3で転校してんのよ。」
「へ、へぇ...そうなんだぁー...」
未だに収まらないドキドキを隠すように思わず亜美から目を背けてしまう。
「んんんー?...ふぅん...なるほど。」
「えっ、なに?」
亜美がなにか考えついたような顔をした。
「ひなた、好きなの?」
「いやいや!澄杜が好きとかじゃないからね?!」
···沈黙
「へぇ、ふーん?私『澄杜』とは言ってないよ?ひなたの猫のキーホルダー見て、『猫が好きなの?』って聞こうと思ったんだけどなぁー?」
ニヤニヤと、「計画通り」と聞こえてきそうな悪い顔をして亜美が笑う。
自ら墓穴を掘ったバカな自分に腹が立ってしょうがない。
「ま、応援するよ!友の恋路、私が導いてさしあげよう!何でも相談してね!」
話がトントン進んでいく。
私はその場に石となっていたと思う。
「たぁだいまー」
家に帰りつくなり2階の自室に直行し、バフンッとベッドに突っ伏す。
『大丈夫かお前──』
澄杜の声がいつまでも脳内に響いている気がして、顔を思い出しただけで心臓が跳ねて。
ベッドにうつ伏せになったまま、私は足をバタバタさせた。
「ニャアン」
まふ、とほぼ音もなく愛猫「わた」がベッドにやってきた。
「あぁ、わたー。ただーいまっ。」
わたは私が中2の時に捨てられているのを拾った、真っ白な毛に綺麗な蒼の瞳を持つ猫だ。
ふわふわの白い毛がわたあめのように見えたので、「わた」と名付けた。
現在推定2才。小さめのわたは、甘えんぼうでいつも私と一緒に寝たり膝に乗ってきたりする。
「まさか入学初日に恋するなんて思ってなかったよぉ、わたぁー」
わたの腹に頭を突っ込む。
わたはこうしても怒らない。
優しいのだ。
「めちゃめちゃカッコよくてさぁ。」
「ンニャア」
「わたも、恋とかしたことあるの?」
「ニャル...」
ゴロゴロ...と喉を鳴らしはじめた。
わたはよく外にお散歩に出かける。
ここら辺は車通りも少ないため、今のところ問題はない。
たまにキモい類いの生物を持って帰ってくることくらいが問題である。
私は虫とか大丈夫だけどね。
「ふぅ、ご飯つーくろっと。」
寝てしまったわたを起こさないようにそーっと起き上がり、1階のキッチンに向かう。
「今日の食材はぁー?」
ガパ、と冷蔵庫のドアをオープン。
「...鶏肉にキャベツ...あともやしとお米ね...」
「鶏肉とキャベツのもやし炒めに米!これでいいっしょ!」
まな板やらを引っ張り出し、トントンサクサクと料理を進める。
中学生から料理を始めているため、もう慣れた。
「てか、牛乳と卵切らしてんじゃん。明日買いに行くかぁ...」
私は二階建ての一軒家に暮らしている。
両親は中学生の半ば頃から家に姿を見せることがなくなった。
両親はちょっとした喫茶店を駅近くに建てていて、大体は家にいないことが多かった。
でも、私に愛情をたくさん注いでくれてたのは覚えている。
あっちも多分色々忙しいんだと思う。
「よし、出来上がり。」
食卓にご飯を並べて、手を合わせる。
「あっ、忘れてた。」
ふとやることを思い出し、おかずをもって部屋を移動する。
「お母さん、お父さん、今日のご飯だよー。」
疲れているだろう母と父のために料理を作り置きする。
毎日の日課だ。
「じゃ、おやすみ。」
ガラ、とドアを閉める。
「ふぅ。今度こそ、いただきます。」
ピッ
テレビの電源を点ける。
『──話題のねこちゃん大集合!今週のかわいいねこちゃんはどの子だー?ベスト·キャットランキング──』
この番組は、毎週金曜日21時に放送されている、
「その一週間のなかで話題となった猫動画または写真を芸能人やらが拝見し、一番かわいい·面白いなどのベスト·キャットを決める」
という趣旨の番組だ。
私はこの番組を小1の頃から見ている。
ご飯の時間とピッタリな時に放送されていて、今まで目の保養としてお世話になってきた。
私は大の猫好きで、猫の品種をまぁまぁの数覚えてるし、自室は壁から床にかけて全てが猫に染まっている。
話題のアイドルグループとかイケメン勢揃いの番組より、猫の方がよっぽど目の保養になる。
「わた、お前も絶対ベスト賞獲れると思うよ?」
さっきからカッ、カッ、とカリカリを食べているわたに言う。
「二ャゥ?」
何のことなのか全く分かっていない顔だ。
「ふふ、さて、もう寝るかぁー」
皿を洗う。
水はできるだけ節約する。
母からの教えだ。
シャカシャカ...
ガラガラッ、ペッ
歯磨きを終え、ベッドにダイブする。
ピコン♪
「んー?」
スマホから着信音が鳴る。
「...亜美からだ。」
今日、通学路で別れる直前に、亜美と連絡先を交換していた。
「えーと...『やっほーひなた!どうせお前澄杜のことが頭から離れないんでしょー?』...」
み、見透かされてる...っ!
「ん?続きがあるな。『ちなみに、澄杜猫好きなんだよ。小1の時、周りの友達から聞いたんだ。』」
...え?
「『ひなたの猫の消しゴム拾ったとき、あって顔してたよ(笑)気付かなかったー?』」
......え??
「『だからさ、猫のこと話題に出して仲良くなっちゃえば?じゃ、おやすみー。』」
...マジか。
あんな爽やかで体育会系な澄杜君が猫好きとかギャップ萌えなんですけど??
じゃあどうする?早速月曜日に話しかけてみるか?
いやちょっと待て。初対面で「君猫好きなんでしょ?私も同じ!」とか言われたらキモいに決まってるでしょ!
うわぁぁあああどうしたらいいんだぁあああ
とりあえず亜美には
「なるほど。ありがとう!おやすみー」
と送っておいた。
「...疲れた。今日はもう寝よう。」
「ニャッ!」
寝るの?!とでも言うように、わたがベッドに飛び乗ってきた。
「はいはい。じゃ、おやすみね。」
カチッ
部屋が暗くなる。
窓からは、青白い月光がさしている。
おやすみなさい...