「なんでここに?」

「あー、数学の教科書忘れたから貸せ」


 昼休みが終わる直前に教室に戻ると、なぜだか中条くんがわたしの席に座っていた。

 昨日までそんなこと言われたことないのに。


 珍しい来訪者に、教室のみんなもこっちを見ている。

 悔しい。貸したくなんかないのに、こんなに注目されてたら貸さないわけにいかない。
 だってわたしは優しくていい子な小鳥遊百合なんだから。


「はい。あとで返してね」


 もう来るな、って言いたいけど言えないよ。


「悪いな」


 教科書を受け取るだけだったらそのまま帰ればいいのに、なぜか中条くんはわたしの頬に軽くキスをした。


 瞬間、キャーという声が教室に満ちた。

 わたしだって叫びたい。
 そして殴りたい。


 でもそんなことできなくて、結局わたしは頬を押さえて赤面するしかなかった。