お父さんが照れくさそうに『優しい人だから、菜々も仲良くしてくれると嬉しい』と頭を掻きながら笑ったのを見て、私はなにも言えなかった。
ひと言『……そう。わかった』とだけ呟いて、私は家を出た。お父さんの顔を見ていたくなかった。
「あの日は……色々あって気持ちがぐちゃぐちゃで、そこに事故に遭いそうになって、もうパニックだったんです。それであんなに泣いて、我に返ったら恥ずかしくなっちゃって。お礼も言わずに逃げてすみませんでした」
ベンチに手をついて深々と頭を下げる。
大げさじゃなく、先輩が助けてくれなかったら、今頃私は天国のお母さんと一緒にいたかもしれないのだ。
そのくらい、あの日の私はぼーっとしていたし、自暴自棄になりかけていた。
「楓先輩。助けてくれて、ずっと手を握っていてくれて、ありがとうございました」
ようやく言えた。
ホッとして顔を上げると、楓先輩は真剣な顔をして私をじっと見つめている。
「……知ってた」
「えっ……?」
「あの日、泣きやむまでずっとそばにいたのは、菜々だったからだよ」
その熱のこもった声は、ずっと私の頭の中で響き続けた。



