その人は流れるような長い銀髪だった。

 その人は美しく、強かった。

 吉田松陰。書道家だ。

 玄関からその人が出てきた。がらがら。
 「松陰」
 長い銀髪。細い灰色の目。和服。
 「まこと君」 
 まことはうつむいた。
 「まこと君、内へはいりなさい」
 まことはうつむいていた。
 「なんかあったって顔に書いてありますよ」
 まことは顔をあげた。
 「え、顔に」
 まことは、リュックをおろし、チャックを開けコンパクトを出した。コンパクトを開き、顔を見た。
 「はははは」
 と、松陰。
 まことは松陰を見た。
 「顔に書いてあるっていうのは、そういう意味じゃありません」
 「え」
 「表情に出ているという意味です」
 「な、なあんだ」
 「ははははは」
 と、松陰。
 まことは、片手を後頭部にやった。
 「は、はははははは」
 「おはいりなさい」
 松陰は玄関へ促した。
 「あ、ああ」
 と、まこと。ああ、松陰がおやじだったらなあ。あのすちゃらかおやじ。
 「まこと」
 と、白髪、ショート、の男の子が現れた。作務衣を着ている。

 そいつは真っ白だった。

 そいつの髪はまるでぼたんゆきのように白かった。

 「トオル」
 「トオル君、おはいりなさい」
 「あ、ああ」
 トオルは家の中へ入った。
 「さあ、入りましょう」
 と、松陰は笑った。まことはうつむいた。

 その人の笑顔はとてもよかった。

 「どうしました?」
 と、松陰。
 「なんでもない」
 と、まこと。