まことはセーラー服にあこがれていた。入ることになっている中学の女子の制服がセーラー服だった。まことは楽しみにしていた。
 春休み。
 いよいよ中学に入学というとき、まことは食堂の家に戻った。まことはパーカーにジーンズ。ピンクのリュックを背負っていた。
 「自由食堂」という看板。
 「ただいま」
 まことは引き戸を開けた。がらがら。
 あいかわらず、客はいず、がらんとしている。
 「まことおおおおおお」
 父親がまことにハグしようとしてきた。
 「おやじいいいいい、思春期の娘にセクハラはやめろおおおおおお」
 まことは殴りかかった。父親は軽くよけた。つきをいれつづけるまこと。かわす父。
 「なあにいいいいいい。娘だとおおおおおおお。いつからお前はLGBTQになったんだあああああ」
 「なってねえよ。でもお前が男扱いするからなあああああああああ」
 「やっぱりなっとるではないか。性自認が女なんじゃな」
 「ああ、そうだよ。そうして体も女。普通だろうがああああああああ」
 「お前は息子じゃろうがあああああああああああ」
 「なあにいってやがんでええええええええええ」
 まことは父親につきをいれつづけるが、父親は軽くかわす。
 「てめえ、LGBTQを蔑視するような発言したなあ」
 と、まこと。
 「それはこっちのセリフじゃ」
 「え」
 まことはつきをいれるのをやめて、考え込んだ。自分がLGBTQを蔑視している。
 「すきあり」
 父親は人差し指でまことのおでこをついた。まことは後ろにふっとばされた。
 まことは倒された。まことは起き上がった。
 「いててててててて」
 とまこと。
 「この卑怯者お」
 と、まことはいった。
 「卑怯者とはなんじゃ。ちゃんと孫氏の兵法にかなっておる」
 「適当なこといってんじゃねえ」
 「まことよ。お前はもう中学生じゃ」
 「ああ」
 「そのうえ、お前は幼いころより、この父、無為自然流の大家、天音海山の修行を受けて、とてつもなく強くなっておる」
 「ああ、おかげで男より強くなっちまった」
 「ああ、女より強くなったかあ」
 「あ、いや、何きいてんだ」
 「まあ女は強し、というからなあ」
 「はあ」
 「にもかかわらず、いくら無為自然流の大家とはいえ、この父に一発もつきをいれられず、人差し指1本で倒されとる」
 「ああ、それがなぞだ。おめえが格闘の大家ってのはペテンとして、だとして、全然倒せねえ。なんかおかしな妖術でも使ってんのか」
 「まことよ。ほんとうに心当たりはないのか」
 「わかんねえ、おめえがおかしな妖術使ってるとしか考えられねえ」
 「そこまでとはなあ」
 と、父親。
 「まこと、ペテンって何かわかるか」
 「え」
 まことは考え込んだ。
 「すきあり」
 といって、父親はまことのおでこに人差し指をつけた。
 「うわあ」
 まことが後ろにふっとんだ。まことは倒れた。
 「て、てて」
 まことは立つ。
 「やっとわかったぜ」
 と、まことはほくそ笑んだ。
 「ほう」
 「てめえにかなわない理由。それはペテンだ。てめえはペテン師なんだ」
 「ううううううん」
 と、父親はうなった。
 「いい線言っているが・・・・・・」
 「何が違うってんだ。てめえのそれはペテンだろうが」
 「ふむ」
 「ペテンじゃねえっていうのか」
 「ペテンじゃなかったら、なんだ」
 「え」
 「ペテンじゃなかったら・・・・・・・と考えてみ」
 「え」
 まことは考えた。
 「すきあり」
 父親はまたまことのおでこを人差し指でついた。
 「うわあ」
 まことはまた後ろへふっとばされた。倒れた。
 「いたたあ、てめえ、またしてもペテンかよ」
 と、まことはいって起き上がった。
 「はあ」
 と、父親はため息をついた。
 「まさかこうまでとは」
 まことは起き上がった。
 「もうよい」
 「まことよ。実は今日はお前にプレゼントがあるんだ」
 「嘘つけ。どうせペテンだろう。もうその手にゃのらねえ」
 「嘘ではない。中学校の制服を買っといたのだ」
 「え」
 まことは一瞬とまった。中学の制服。それってセーラー服!まことはセーラー服を思い浮かべた。やったあ。セーラー服だ。とうとうセーラー服着られるんだ。
 父親は外へ歩いて行った。
 「どうせ閉店の札かけんだろう。そんなことしなくたってえ、客はこねえよ」
 父親は引き戸をがらがらと開けた。外へ出て行った。父親が戻って来た。がらがらと、引き戸をしめた。
 「こい」と、父親。父親、店の奥へ。まこと、喜んでいる。
 父親は振り返った。
 「と、その前にトイレで顔を洗ってこい、なんじゃあ、その顔は」
 「え」
 「お母さんが置いてったコンパクトがあるだろう」
 「あ、ああ」
 まことはリュックをおろし、チャックを開けてピンク色のポーチを取り出した。そこからコンパクトを取り出した。それは古びたコンパクトだった。
 「それで自分の顔をみるんじゃ」
 まことはコンパクトを開いた。
 「さあ、顔を洗って来い」
 「あ、ああ」
 まことは店のトイレへ行った。トイレは共用だった。まことは洗面台で顔を洗った。