「おいで」
これまでスピーチをしていた時とは全く違う、凛にだけ向けられた甘い声音。
会場がさらに大きなざわめきに包まれたのも、隣の双子が叫びたいのを我慢しながら互いをバシバシ叩き合っているのすら気づかず、凛は固まって目を瞠る。
石のように動かない凛を同じ秘書室の同僚が促し、信じられない面持ちのまま壇上に上げられた。
「彼女は立花凛さん。知っている方もいるかもしれませんが、総務部秘書室に在籍し、半年前から私の専属秘書を務めてくれています。秘書として、そしてこれからは妻として、今後の人生をずっとそばで歩んでいきたい女性です。今日は皆様に証人になっていただきたく、この場をお借りしました」
亮介はマイクの前から移動し、固まったままの凛に向き合うと、ポケットから濃紺の小さな箱を取り出した。
ゆっくりと開かれた箱の中には、契約結婚を承諾してすぐに買いに行った婚約指輪が鎮座している。
「副社長室でのプロポーズは衝動的に口にしてしまったせいで指輪の用意もなかったからな。仕切り直しだ」
凛にだけ聞こえるように囁くと、おもむろに片膝をついた。その光景はあまりにも現実離れしすぎていて、まるで夢を見ているような気がする。



