『あんたほんと最低!!
 自分が何してるか分かってんの?』
 


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「‥‥ツッッ‥‥ハァ」


まだ午前四時なのに
こんな時間から明るく照らす夏は
朝からまどろみを増す


もう‥‥朝なんだ‥‥


もうすぐ長い夏休みも終わって、
九月からの新学期が
始まろうとするこんな時期に




私は新しい学校へ転校する





『朔ーーー、準備出来た?
 そろそろ学校に挨拶行くよ。
 車にエアコンかけてくるから
 用意しててよ。』


八月も今日で終わりなのに、
まだまだ窓を開けると暑くて
うんざりもしてしまう気温だ。


連日、テレビでは
猛暑の予報日ばかりで、
先週は夕立やゲリラ豪雨も活発で、
天気が予測できない日も続いていた。


はぁ‥‥気が重い。


話し合って決めたことなのに、
いざ直前になると
こうも意思が折れるのかと
ため息が出る。


クローゼットから
膝下丈のノースリーブの白いコットンの
ワンピースを取り出した時に目に入った
明日から着る真新しい制服をハンガーごと
取り出して鏡の前で立ってみた。



「制服は可愛いのにな。
 ‥病人みたい‥‥白すぎでしょ‥‥」


夏休みなのに
一歩も外に出ていない自分は、
久しぶりの外の空気に耐えられるだろうか‥


去年はお金を貯めたくて
色々バイトしてたのに今年はダメだった‥‥


『朔ーーー』


「‥今行く」



部屋から出た私が玄関先へ向かうと、
そこには真新しいローファーがあって
それを見つめて少し躊躇った



‥‥今までのだってまだ履けるのに。



きっとお姉ちゃんが
私の為に気を遣って新しいのを
用意してくれたんだよね‥‥


前に使ってたものは見たくなくて、
実家に殆ど置いて来ている


「‥はぁ‥行ってきます‥‥か」


誰もいない小さな空間で、
明日から言うであろうセリフを言い
重たい扉を開けると、
想像以上の暑い久しぶりの外気と
眩しい日差しを浴びると、
慌てて階段をかけおり車に乗り込んだ。



「暑っ‥‥」


『当たり前でしょ、夏なんだから。』


ひんやりとした勢いのある風に
汗が勢いを止めていく


『よし、少し急ぐよ。』


「ん‥‥ありがとう、お姉ちゃん。」



眩しい太陽

上からも地面から突き刺さる熱


日本中どこでも暑いのは同じなのに、
今日は外が久しぶりなのか、
緊張からなのか、
異常な暑さに感じてしまう。



『朔‥‥明日から一人で行けそう?』



助手席から既に住んでいるのに、
見慣れない景色をぼんやり眺める。


ここに来た時に一度だけ見た景色は
殆ど記憶にないのは、あの頃の自分は
閉じこもっていたからだと思う。


こんなにここは緑が少ない街だったんだ‥‥


高い高層ビル、
隙間なく広がる店舗
そのどれもが前とは違って
飲み込まれそうなのに、
私の心がホッとしていく感じがする



「大丈夫‥‥
 今日の帰りは
 ゆっくり歩いて帰ってみるから」


お姉ちゃんの住むマンションから近い
高校をお父さんが選んでくれたから、
歩けば二十分もかからないくらいだし、
スマホのアプリで迷子にはならなさそう。


地図アプリを見せながらスマホを振れば
少しだけお姉ちゃんが笑った


本当に私たち似てないな‥‥


黒髪ロングヘアがよく似合うお姉ちゃんとは、
姉妹とは言えないくらい見た目が似ていない



サイドミラーに映る自分が嫌で
私はそっと瞳を閉じた


ガラッ

『明日からどうぞよろしくお願いします。』



明日から通う新しい高校は、
今までいたところとは
全く別世界のような世界だ


全校生徒数1500人規模を
纏めれるほどの大きな校舎は、
卒業するまでに全てを覚えられるかも
分からないほど広い敷地面積だ。


風が気持ちいい‥‥


ここはレンガ調のアンティークな外観、
連絡通路から見渡せる雄大な
芝生や噴水広場があり、
そのどれもが初めて見る感じで
また少しだけホッとする。


誰も私のことを
知らない場所って思えば思うほど
安心できるから。



『朔、じゃあお姉ちゃん
 このまま夜勤の仕事に行くから、
 ほんとに気をつけて帰ってね。
 晩御飯は用意してあるから』


「ん、お姉ちゃんも気をつけてね。
 忙しいのにいつもありがとう‥。」


お姉ちゃんに軽く手を振った後、
私は暫く連絡通路から遠くを眺めていた


「本当に広い‥学校‥。」


ここでちゃんとやっていけるかな‥‥


ううん‥‥
やっていかないと‥‥


背中を押してくれた
両親やお姉ちゃんに申し訳ない


私一人のせいで、
余計な心配を今までも
沢山させてしまっているだろうから


「ふぅ‥‥‥」


少しだけ校舎見てから帰ろうかな‥


その方が明日からの緊張も
ちょっとはほぐれるかもしれないし‥


どうせ帰っても一人だ。
そのほうが色々考えてしまいそうだ


まずは二年の教室は‥どっちだろ‥‥


確か入り口に校内の案内図が
あった気がする


ここにいても暑いだけだし、
とりあえず校門のほうに
行ってみようかな‥


もう一度深呼吸をした私が
歩き始めようとしたら、
目の前から歩いて来た人と
偶然視線がぶつかった。


ん?


あれって‥なんだっけ‥‥あ‥袴?
部活か何かやってる人なんだろうか‥


首からかけられたタオルで汗を拭いながら
スポーツドリンクを飲む姿は、
美しすぎて思わず見入るほどだ



『‥‥‥‥天‥使?』


えっ?


いつのまにか目の前まで来ていた相手は、
もう一度スポーツドリンクを飲み干すと、
今度はその綺麗な顔で優しく笑った


天使‥なんて‥‥初めて言われた。


お世辞なのかもしれないけど、
今まで生きてきた人生だと
大体は、何あれ?変なのとか
小さい時から言われてきた。


初対面でそんなことを言う人に
初めて会ったからか、
気づいたら目から涙が溢れていて
自分でもビックリする


『‥ハハッ‥‥泣いてんの?』


背が高い私よりも
もっと背の高い彼は
180センチは余裕であるだろうか‥


背中を屈めて私を覗き込む顔は
整っていて綺麗なのに、
今はとても困って見える


「ち、違うの。‥‥ごめんなさい。
 ‥ただ嬉しくて。」


『えっ?‥そっか‥はぁ‥焦った。』


その場に力なく座り込んだ相手に、
指で涙を拭った後、
私も一緒にしゃがんで微笑むと
安心したように笑ってくれた。


『‥‥‥やっぱり天使じゃん‥
 笑ってた方がずっといいよ。』


「‥‥あ‥‥ありがとう。 
 実はね‥‥笑ったのほんと久しぶりなの。
 明日からここの生徒として通うから、
 さっきまですごく不安だったけど、
 元気出ました。ありがとうございます。」


そう伝えてから立ち上がると、
相手もゆっくり立ち上がり
私を見下ろした。


「あ、えっと‥あの部活中?ですよね‥。
 足止めさせてしまってごめんない。
 少し校内見てから
 帰ろうと思ってただけなので、
 声かけてくれて嬉しかったです。
 ‥‥それじゃ‥」


丁寧にお辞儀をしてから、
彼が向かって来た方へ歩いた。


天使‥‥か。


胸まで伸びた髪の毛を手に取ると、
今までは嫌で仕方なかったこの色も、
初めて好きになれそうな気がした。


『‥‥ちょっと付き合って。』


背後から聞こえた声と同時に
掴まれた手首は、
返事をするまもなく引き寄せられ、
あっという間に走り出した。


「‥えっ?‥‥なに?何処に行くの!?」


『時間あるだろ?
 もう少しで終わるから俺が案内するよ』


ドクン


掴まれた手首は痛くないのに、
大きな掌に優しく包まれている。



前を走る彼が、不意打ちで
こちらに振り向いたときは、
あまりにもその顔立ちが綺麗で、
少しだけ心臓が跳ねた。


さっきも思ったけど、
この人‥やっぱりすごくカッコいいと思う。


背丈もそうだけど、
顔立ちが相当整ってる。


綺麗な鼻筋に
形のいい唇
バランスの取れた顔立ちは
彫刻のように綺麗だから‥‥


掴まれた手首を
振り解こうと思えば
できたかもしれないのに、
何故だかこのままこの人に
着いて行きたくなった


ほんと初対面なのにどうかしてる‥‥


夏休み中、不安で
頑なに一歩も外に出なかったのに、
今こうして誰かと走ってる姿なんて
さっきまで想像すらできなかった


この人のことが知りたい‥‥
なんとなく素直にそう思えた
からかもしれない。




「はぁ‥はぁ‥‥はぁ」


『ククッ‥‥あんた体力ないんだな?
 息切れし過ぎだし。』


そんなこと言われても‥‥
一月近く外に出てなかったし、
歩くだけでも久しぶりなのに、
いきなりこんなに走って
転ばなかっただけ良かった。


明日は久しぶりの筋肉痛かも
しれない。


「‥‥はぁ‥はぁ‥でも‥‥
 はぁ‥‥‥楽しかった。」


呼吸が乱れて丸めていた体を
起こして目の前の彼を見たら、
一瞬驚いた顔をした後、
思いっきり笑われた


『ハハッ!!
 連れ回されて楽しいって言われたの
 初めてだわ‥ククッ‥‥』


『はぁ‥‥私だって‥はぁ
 天使なんて‥言われたの‥‥初めて』


『‥‥俺もそんな恥ずかしいこと言ったの
 初めてだけど‥‥嘘じゃないから。』


ドキン

長めの黒い髪の毛をかきあげて
優しく微笑む相手に少し戸惑ってしまう



「あ、ありがとう‥‥う、嬉しい‥です。
 ‥‥それより、ここは何処なの?」


呼吸が落ち着いて来た私は、
ようやく目の前の建物を
落ち着いて改めて見ると、
さっきまでのレンガ調の建物からは
想像できないくらい和風な建物で驚く


弓道部‥‥?
あ‥‥‥もしかしてここって‥


『ここで一人で残って自主練してたんだ。
 良かったら見てく?』


「えっ?‥‥いいの?
 見たことないから良ければ見てもいい?」


『ハハッ‥‥もう帰るとこだったけど
 じゃあ一回だけ特別な。』


とても綺麗な顔で優しく笑った彼は、
私の頭を少しだけ撫でると
今度は優しくまた私の手首を包み
道場の中に案内してくれた。


『そう言えば名前言ってなかったな。
 俺は佐藤 葵(さとう あおい)高二。
 あんたは?』


「あ‥‥
 私は小早川 朔。(こばやかわ さく)
 私も同じ二年生です。」


『そっか、じゃあ同級生だな‥‥はい』


目の前に差し出された手に戸惑うけれど、
私はそっとその手を握り返した。


人懐っこいのか
面倒見がいいのか、
初対面なのに
この人全く壁を感じないんだ‥


大体みんな私の
明るいホワイトベージュの髪と
グリーンアイを見ると
まず近寄らないのに。


クリアで真っ直ぐな瞳は嘘がない。
ほんと不思議な人‥‥‥


まだ出会って少ししか経ってないのに、
緊張してないし、寧ろホッとしている


明るい太陽を背に綺麗な顔が
笑う姿に、男の子なのに
見惚れてしまう


『よろしくな、‥朔。』