変わり映えのしない日常、終わることのないいじめに耐えて耐えて、ひたすら時が過ぎるのを待ち、吐息も白くなる季節になった。



「でももう、なんか疲れちゃったな…」



学校からの帰り道に、ぽつりと独り言がもれる。

父子家庭や、目や髪の色が変とかいうふわっとした理由で虐められる。

そんなのにはもう辟易(へきえき)していた。

確かにわたしの目はカラコンでもしているかのような桜色で、髪も薄い茶色だ。

生まれつきのものだから、わたしにもどうにもならないし、非難されるほどの事ではないと思う。

現にわたしは恥ずかしいのもこらえて、それらが極限まで目立たぬように黒縁メガネに固い三つ編みという究極にダサい格好でいるのだから。

それなのに、彼女達はわたしのことが気に入らないらしい。



(どうしたものか…)



考えこみ、しばらく経ってから、顔をはたと上げる。



「…え!?待って、ここどこ…!」



森の中、だった。

都中にあるはずのわたしが通う高校があるのは、繁華街の真ん中とはいかずとも、十分に人通りのある所だ。

だけど。

ここには、誰もいない。



「いや、なんで、なんで…!」



呆然としながら辺りを見回す。



(ん?)



それは、蔦でびっしり覆われているのに、ぼうっと全体が淡く発光しているようにも思えて見ているだけで不思議に気分が高揚していく。



「わ、おっきなお屋敷だ!光ってるの、イルミネーションかなぁ…?人がいたら、帰り道とか聞けるかな?」



さっきまで抱えていた不安が消し飛んだわたしは、惹かれるように夢見心地な足取りでお屋敷に近づく。

すると、不思議なことに屋敷の方もわたしを歓待するかのようにがちゃ、と音を立てて扉を開いてくれる。



(え、これ…入っちゃっていいのかな?いや、でもさすがにな...)



そうは思いつつも、胸の高鳴りが収まりそうにない。



(ちょっとだけ…少しだけ、覗いてみるだけ…)



葛藤しながらも、わたしは誘惑に負けてしまう。

顔だけをひょこっと扉から向こう側へ出してみる。



(ん?誰かいる?)



あのキラキラした外見に反して、中が薄暗かったことを意外に思っていると、奥の左の闇の中から溶け出すようにして人影が現れる。



(え、わ、これ見つかったらだめなんじゃ…?)



もたもたと考えているうちに、人影は、二人の色違いのタキシードのような服を着た少年たちを形作っていく。

ここに留まっていてはいけないとわかっているのに、 体が言うことを聞いてくれない。

そして、見とれてしまうような美形の少年たちの姿を目が捉えたとき、言いようのない恐怖感が体を貫いた。



(どうしよう、勝手にお屋敷をのぞいたことを怒られることを恐れているわけじゃない、この男の子たちは危険だって本能でわかる。逃げないと。逃げ、逃げないといけないのに…)



金縛りにあったかのように、体が自由に動かせない。

がたがたと足がふるえはじめる。

その時、その二人組のうち一人__優しげな赤い目をした、 真っすぐの綺麗な白い髪と髪色と同じ色をした執事服を着た印象的な方__が、にこにこと微笑みながら口を開いた。



「こんにちは、はじめまして!僕は、(れい)っていいます!怜くんって呼んで欲しいな!君はどうやってここに辿り着いたのかな?それと、できたら君の名前も教えて欲しいな」



そのフレンドリーなオーラを纏う男の子__怜くんの声を聞いた瞬間、さっきまで飲み込まれそうになっていた恐怖感が一気に安心感に変わる。

そのことを少しいぶかしく思いながらも、怜くん達がわたしに危害をおよぼす存在でないらしいことにやはり少し安心してしまう。



「あ…えっと、学校で少し、嫌なことがあって…。 それで、考えこんでたら、ここに来てしまって…。 あっ、名前は一條…(その)、といいます…」



男の子っぽいと意地悪な子たちに幼い頃にからかわれてから、好きじゃなくなったわたしの名前。

思い出すと、少し憂鬱(ゆううつ)になってしまう。



「そうか__…」



次に口を開いたのは、もう一人の少し癖のある黒髪に、こちらもまた髪色と同じ色のタキシードを着た切れ長の青い瞳を持つ、クールな感じのオーラを持つ男の子だった。



「__それは災難だったな、苑。ちなみに俺の名前は(こう)だ。呼び捨てで構わない」



わたしを気遣うようにそう言い、というか、いつまで扉の外(そこ)にいるつもりだ、中に入ったらどうだと続ける。



(え、中に入れてもらえるの…!やった…!って、いやちょっと待って!そのことよりも、流石に男の子をいきなり呼びすてっていうのは無理!煌くん、でいこう…)



おどおどと扉の中に入ると、怜くんが鞄とか預かっとくよ〜!と言ってくれたのでありがたく思いながら鞄とコートを渡す。



(わぁ、外の寒さが嘘みたいにあったかい…!)



後ろでばたん、と扉が閉まる音がすると同時にふわりふわりと室内に灯りがついていく。



「うわぁ、綺麗…」



薄暗くて見えなかった室内が見えると、このお屋敷がとんでもなく美しい物で満たされていることに気づく。

豪奢な調度品に、繊細かつ大胆な彫刻、ゆらゆらと揺らめく蝋燭の灯り__。



「気に入ったか?」

「わっ!」



それらに魅入(みい)っている時に煌くんがいきなりそう話しかけてきて、驚きで声が出てしまう。



「あ…悪い。ただこの屋敷を苑が気に入ってくれてたらなと思って」



申し訳なさそうにわたしを見てくる煌くんが少し可愛くて、さっきわたしのことを慮ってお屋敷の中に入れてくれたのもそうだし、やっぱりこの人もそんなに怖い人じゃないのかもしれないと思う。



「はい、とても綺麗で素敵なお屋敷だと思いました!煌くんはこのお屋敷、好きなんですか?」

「まあな、長年…本当に長い間、ここにいるからな…それなりに思い入れもある。あと敬語はやめていいぞ、俺もそんなの使ってないし」

(そんなに長い間ここにいるんだろうか。わたしと年はそこまで離れてないように見えるけど…)

「わかった!でもこんなきれいな所にずっと住めるのいいな…とっても羨ましい!」

「なら、泊まっていくか?」



ぽんっと言われた青天の霹靂のような言葉に仰天する。



「え?!いいの?!」

「ああ、怜にも話を通しておく。ここは俺たち二人しか住んでいないから別に全然問題ないぞ」

(本当は帰り道だけ聞くつもりだったけど…どうせお父さんそんなに帰ってこないし、いいよね)

「よ、二人とも!僕がいない間なんの話してたのぉっ!」



にこにこと満面の笑みを浮かべながら怜くんが近づいてくる。



(あ、怜くん!わたしの荷物どこかに置いてきてくれたんだ!)



煌くんが口を開く。



「あぁ、実は__」



説明し終わった煌くんに、怜くんはわかった、と微笑む。



「じゃ、苑ちゃん、部屋に行こうか!そこに苑ちゃんの荷物置いてきたから、ちょうどいいし」

「部屋はあまり使っていないが、きちんと掃除してあるから安心していいぞ、苑」



と、煌くん。



「うん!ありがとう!」



怜くんと煌くんに挟まれるような形でお城の中のような赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いていくわたしは、二人に出会ったときに感じた怖気(おぞけ)も忘れて、ただ嬉しさと目新らしさに浸っていたのだった。