「ふふっ、二人とも、楽しそうにしてるな…良かった!」



僕__怜はそう独り言を漏らして、そっとダンスホールを抜け出す。



(何も知らないで、ただそこで煌と二人で楽しく踊っているのが、君の__苑ちゃんの幸せだというのなら、僕は苑ちゃんと一緒にいることを望まないでいてあげる、煌と苑ちゃんの恋の道を邪魔しないでいてあげるよ)



こつこつ、と音を立てながら赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。



「でも、果たしてそれが君にとって最良の選択肢だったのか、今でもわからない…本当に君は、死んでまで__生きていた頃の記憶さえなくしてしまってまでここで暮らしたかったのかな」



きぃ、と音を立てて扉が開く。



「こんな、虚像と夢幻で塗りたくられた屋敷だとわかってもなお、君はここに残りたいと思うかな?」



そこには、埃にまみれ、クモが巣をいたるところに張っている、荒れ果てた部屋があった。



「苑ちゃん、君は知っている?君の目に映らない間、この屋敷はこーんなに汚い姿になってるんだよ!君がいつも見ている豪華で瀟洒な飾りは、君の視界に入ったときだけしか存在できないんだよぉ!」



今にも崩れそうなぼろぼろの天蓋ベッドに腰掛け、空を仰ぐ。



「くくっ…それに、君がいっつも食後においしそうに食べているあの砂糖菓子こそ、君の生きていた頃の記憶をなくしている代物だし、なんなら僕たちこそが、君と会った時に君の命を奪った張本人だしねっ!もちろん、苑ちゃんのお父さんの知り合いっていうのも嘘!」

(それにしても…煌もひどいやつだよな、惚れた女の子に、いろいろと薄汚れた真実を伝えずに、豪奢で綺麗な景色だけが本当の姿かのように見せているんだから…。いや、あれも煌なりの思いやりかもしれないな、あの子(苑ちゃん)はきっと、もう汚い現実なんて見すぎて、見たくもないだろうから…)

「まあ、つまりは、苑ちゃんがいる間だけ、息を吹き返したように美しく化けるこの屋敷も__」



頭をゆっくりと下げていく。



「__苑ちゃんと一緒にいてあげるために、人間へと姿さえ変えた僕たちも__」



さっきとは真逆の、頭とベットが水平になるくらいにうつむく姿勢をとる。



「__苑ちゃんを現実世界から切り離そうと、あの毒薬のような砂糖菓子を食べさせた煌も、苑ちゃん(好きな子)を救うためにその子自身を殺してしまった僕自身も、どこかおかしくなっちゃってる、ってことなんだろうなぁ…」

(あぁ、今考えたら、僕たちの運命を決める引き金はもうとっくの昔に引かれていたんだな…。願わくば、この物語(ストーリー)を、苑ちゃんが悲しむようなものにならずに、終わらせることができますように__)



そっと目を閉じて、そう祈る。



(僕は、愛しい(苑ちゃん)が笑顔でいてくれるなら、なんだってするから、どうか、どうか__)

「__どうか…っ」



灰色にみすぼらしく曇ったシーツに、透明な水滴が一粒ぽたりと降った。

(本当は__ずぅっと前から君のことが好きだったよ)