「ところで」

お茶をひと口飲んでから、伊織が話の流れを変えた。

「お腹が満足すると、ある疑問が蘇ってきたんだが」

はい?と美紅は怪訝な面持ちになる。

「どういった疑問でしょう?」
「今日ここに来る途中で、ちょっとした騒動があってね。車で通りかかった公園の前で、男が艶やかな振り袖を着た女性に足を払われて派手に転んでいた」

ギクリと美紅は顔をこわばらせる。

「そのあと怒った男がその女性に飛びかかろうとすると、驚くことにその振り袖姿の女性は応戦しようとしたんだ。無茶な話だろう?」
「そ、そうですわね」

笑顔を取り繕って頷く。

「急いで車を停めて、俺が男を取り押さえた。するとその女性は、更に驚くことを口にしたんだ」
「ま、まあ。一体なんと?」
「俺が通りかからなかったら、自分が男を仕留めたまでだって」
「あら、まあ」
「どういうつもりで言ったんだろうね?」
「本当ですわねえ」

視線を逸らし、袖口で口元を覆いながら空々しく言う。

伊織は、やれやれとばかりに肩をすくめた。

「お芝居がお上手でないのは、お父上譲りですね」

何のことやら?と美紅は微笑を浮かべたままシラを切る。

伊織はふっと息を洩らしてうつむいてから、顔を上げた。

「今日のところは諦めます。あなたがなかなか強情なのは、先程のお父上との様子から良く分かりましたので。さて、ではそろそろおいとま致します」
「はい。本日はお越し頂きありがとうございました」
「こちらこそ。おもてなしありがとうございました。とても良い時間でした」

最後だけは、美紅も伊織も互いに丁寧に頭を下げた。