アドじいから言われた研修スタート時間はお昼ご飯を食べた後の午後一時。ドキドキしながらその時を待つ。カチ、と秒針が十二のところに来て、一時を知らせる鐘が鳴った。

「あっ、出た!」

 ルミ君のまんまる目玉がチカチカと光り、ジジジジジ、という音を立てて、口からレシートのような紙が出てくる。かしょん、と紙を切る音が聞こえて、私はそれを取った。

「何? なんて書いてる?」
「おい、今回はどこだ。何歳のやつだ」
「どこって、そのシミュレーション施設じゃないの?」
「本番さながらですからね、実在する場所を指定されるんです。それに合わせて私達も同じ距離を飛ぶんですよ」
「へぇ~、そうなんだ。……って、ちょ、ちょっと顔が近いっ!」

 ぎゅうぎゅうと顔を寄せて、結果を見ようとトナカイ達が身を乗り出してくる。ええい、暑苦しい!

「北海道! やったぁ、近い!」
明日萌(あしも)町か、道北だな」
「土田《つちだ》理玖(りく)君、一歳六ヶ月、と」
「一歳六ヶ月ぅ?! 赤ちゃんじゃん! 赤ちゃんにプレゼント渡すの!?」

 近いと移動に時間取られなくて助かるよねとか、一歳六ヶ月は逆に怖いとか、頑張りましょうね、なんてわいわいしているトナカイ達の中に割り込んでそう言うと、三人はキョトンとした顔で、「そりゃそうだよ」「当たり前だろ」「何を欲しがるでしょうねぇ」と首を傾げている。

 えっ、そこは疑問に持たないの!?

 そう思って眉間にしわを寄せる。

 と。

「むしろさ、何で一歳半の子どもにプレゼントあげたら駄目なんだよ」
「駄目とか、そういうんじゃなくて」
「そうだよ花ちゃん。それに一歳半ってそこまで赤ちゃんでもないしね?」
「そうなの?」
「そうです。立って歩きますし、おしゃべりが達者な子もいますよ。それに、サンタのプレゼントは平等です。生まれたばかりの赤ちゃんだって対象なんですよ」
「言われてみればそうだけど」

 でも、正直、全然イメージができない。だって、立って歩いておしゃべりができても、赤ちゃんだよ。欲しいものなんて……ああでも、ぬいぐるみとか、ミニカーとか? たしかにそういうのは欲しがるかもだけど。

「まぁ、とにかく『ルミ君』の指示を仰ぎましょうか」

 ぱん、と両手を合わせてそう提案したのはフミだ。

「だよね、ええと――たしか、左の眉毛を押せばAIが起動するって言ってたっけ」

 そう呟いて、カチリ、と左の眉毛を押すと。

『研修ヲ、始めマス。プレゼント対象者のシートをスキャンしてくだサイ』

 という音声が流れ、まんまる目玉がチッカチッカと点滅した。そこにさっき出て来た紙をかざす。

『スキャン完了。それでハ、アードルフ・ヤルヴィネン式を採用し、対象者のリサーチを始めマス。まずハ、家族環境、その地域でノ流行、それから――』

 アードルフ・ヤルヴィネン式、というのは、アドじいの言う「心の通ったプレゼント」にするためのリサーチのことを指すのだろう。このルミ君にはアドじいのやり方がインプットされているんだなぁ、なんて思いつつ、指示通りにあれこれ調べていく。一つ一つはそう難しい作業じゃないけど、これを全部自分一人で考えて動くのは絶対に大変だよ。そんなことを考えると、いつもふぉっふぉと笑っているだけのあののんきなおじいちゃんが何だかとんでもなくすごい人に思えてくる。


「よし、終わったぁ、ああぁ……」

 気づけばもう夜だ。お風呂と夕飯を済ませてから明日必要なものを全部準備し、ソファにもたれて、大きく伸びをする。

「お疲れ様でした、レディ」

 その言葉と共に、フミがココアを差し入れてくれる。ちゃんとマシュマロも浮かんでる。

「うわぁ、ありがとうフミ。気が利く~。いただきま~す」

 ずず、とココアを(すす)っていると、「大変でしたか?」と顔を覗き込まれた。

「大変だったけど、楽しかったよ?」
「そうですか? ならいいんですけど」
「どうしたの?」
「いえ、あんまり大変だと、レディがイヤになって辞めてしまうんじゃないかと思って」
「なぁんだ、そんなこと気にしてたの? 大丈夫だよ。たしかに調べるのは結構大変だったけど、理玖君のことをたくさん知れるのはなんか面白かったかも。早く会いたいなとか、プレゼントあげたらどんな顔して喜ぶかな、って思って、明日が何か楽しみ」

 たぶん、アドじいが言いたかったのは、こういうことなんじゃないかな。もちろんこの『土田理玖君』は実在しないんだけど、いま、私の中では、紙切れに書かれた名前だけの存在じゃない。何だかすごく『実体』があるのだ。

「でもさ、アドじいはこういうのを毎日やってるってことだよね?」
「毎日、というか、この手の作業は配達の前日だけですけどね」
「配達が終わった後とかは何してるの? フミわかる?」
「そうですね。とにかく事務仕事が多いです。色んなところに書類を提出したり。それから、リモートで会議に出席したり。それと並行して、私達の散歩は毎日あります」
「配達は週一でも本当に毎日働いてるんだ……」

 正直言って「配達なんて週一なんだから、それ以外の日はヒマなんじゃないの?」なんて思ってたし、実際に言ったこともある。するとアドじいは、ふぉっふぉと大きな身体を揺らして「サンタは、配達がない日も忙しいんだよ」と笑っていたのだ。

 そんなの絶対嘘だ、って思ってたけど、うん、たしかにこれは忙しい。

「ねぇフミ。もし私が本当にアドじいの仕事を手伝えるようになったら、アドじいにお休みの日をプレゼントできるかな?」
「できますとも」
「だよね。よし、あの子達をここに戻すのもそうだけど、アドじいにお休みの日をプレゼントできるように頑張らなくちゃ!」
「その意気です、レディ!」

 フミと両手を合わせてキャッキャと盛り上がっていると、「楽しそうだな」「僕らも混ぜて〜」とレラとワッカもやって来た。