いまよりずっとずっと小さかった頃、アドじいに聞いたことがある。

「アドじいは、そりから落っこちて、怪我したことないの?」

 するとアドじいは、あの大きな身体をゆっさゆっさと揺すって、ふさふさのおヒゲをなでながら笑って言った。

「本当のサンタになったらね、ほんの少しだけだけど空を飛べるんだよ」って。

「ほんの少しだけ?」
「そう、ほんとにちょびっとだけね。飛べるっていうか、そりから落っこちても、ふわっとゆっくり落ちる感じになるんだ。だから、大きな怪我はしないんだよ」

 その場でぴょーんとジャンプしても飛べないし、高いところから落ちたら普通に大怪我するけど、そりから落ちた場合だけ、それはゆっくりゆっくりになるんだとか。

 だからもし、私が本当のサンタになってたら、きっとふんわりふんわり落ちていたのだ。

 本当の、サンタだったら。

「きゃああああああああ!」

 だけど私はまだ研修中の見習いサンタ。まだまだそんな力はない。真っ逆さまに落下中である。えっと、一体何階から落ちてるんだろ。いずれにしても怪我じゃすまないよ!

 誰か助けて、と思うけど、一体誰が助けてくれるだろう。だって、サンタスーツを着た私の姿は、普通の人達には見えないのだ。

 その時。

暖乃(のの)っ!」

 ぶわっ、と温かくて強い風が吹いて、垂直落下していた私の身体が、重力に逆らってふわりと浮く。ふわん、と弾むように浮いて、また落ちかけた時、今度はがしっとした腕が私の身体を受け止めてくれた。

「れ、レラぁ……」

 スーツを着ているからなんか別人みたいに見えるけど、いつものちょっと怒り顔のレラだ。その顔を見てホッとしたのも束の間――、

「こンの馬鹿っ! 俺、ベルトは外すなって言ったよな! 手綱も! 離すな! って!」
「ひえっ! ご、ごめんなさい」
「ごめんじゃねぇ! 寿命が縮んだわ!」
「ごめんなさい。ほんと、ほんとに」
「クソっ、マジで焦ったじゃねぇか……」
「ごめん、レラ。私、あの人達が外に出たら嵐なんて嘘だってバレちゃうと思って、なんとかしなくちゃって、それで、その……う、うわぁぁぁぁん! 怖かったぁぁぁぁ!」
「もういい、わかった。怒鳴って悪かった。ちゃんと説明しなかったのも悪かった。そりに戻るぞ」

 両手が塞がっているからだらう、あごの先で私の頭をぐりぐりとなで、アドじい達が待つそりへと戻る。

「ノンノぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「むぎゅううぅっ!」

 予想はしていたけど、アドじいの全力ハグが来た。苦しい。めちゃくちゃ苦しい。

「ご()! ご()んよぉぉぉぉっ! ノンノを一人にしちゃってご()んよぉぉぉぉっ! ウッキが! ウッキが悪かったよぉぉぉっ! 怖かったね! 怖かったねぇぇぇ!」
「だ、大丈夫……。それより苦しい……」

 私の必死のSOSに、ほんの少しアドじいの手が緩む。
 
 が。

「花ちゃぁぁぁん! 無事で良かったぁぁぁぁ!」
「レディにもしものことがあったら! 私! 私!」
「おぶぅぅぅっ!」

 その分を埋めるように、今度は左右からワッカとフミのサンドイッチだ。これもかなり苦しい。

「おっ、お前ら、ちょっと離れろ!」

 天の助け! レラ、この二人をどうにかして!

 そう思って必死に手を伸ばす。

「イヤだね! レラはさっき花ちゃんのことお姫様抱っこしただろ! だから次は僕らの番だ!」
「そうです! たしかにあの場はレラじゃないと無理でしたが、それにしたってあれはずるいですよ!」
「ずるいとかずるくないとかじゃないだろ! 猫みたいに首根っこつかめってか!?」

 ちょ! そんなところつかまれたら死んじゃうよ?! でもあの時は必死で気づかなかったけど、言われてみれば、お姫様抱っこじゃん! うわぁ、恥ずかし。

「そんなこと言ってないだろぉ。だから、その分めいっぱいよしよしするんだ、僕ら。ね、フミ?」
「そうですとも! レディ、私達もね? 何かやれることはないだろうかって考えたんですよ? でも――」
「うん、まぁやれないこともないんだけどね?」

 もじょもじょと、ワッカが申し訳なさそうに、手を遊ばせる。

 ああそうか、ワッカは『水』だからべちゃべちゃになっちゃうのか。風邪引いたら大変だよね。なんて考えていると、

「僕の能力は水だから、こう、ぐるぐるーって水流を起こして花ちゃんを持ち上げる感じになると思うんだよね。花ちゃんがその水流に乗っかれればいいんだけど、一歩間違えたら溺れちゃうかもしれなくてね」

 べちゃべちゃとか風邪引くどころの話じゃなかった! 無理だよ! 水流に乗っかるとかたぶん普通に無理だよ!

「私は音圧でどうにか浮き上がらせられないかと」

 おお、フミの作戦でもイケそうじゃない? ただ、音圧ってよくわからないけど、身体が浮くくらいの音って、何だかすごくうるさそう。

「でも、そうなると、レディの鼓膜が破れるのでは、と」

 うるさいとかそんなレベルでもなかった! そりゃそうだよね! いくら私が軽い方だって言っても、それなりの重さはあるもんね?

「というわけで、レラに(ゆず)ってやったんだ」
「そうです。まぁ、能力が一番安定してますしね」
「当たり前だ。なんてったって俺の角は――」

 と、ここからはレラのいつもの角自慢だ。正直言って聞き飽きてはいるけれども、だけどそのおかげでいまこうしてそりの上でワイワイできるわけで。

「レラ、ありがと」

 袖を引っ張ってそう告げると、いかに自分の角が大きくて立派であるかを得意気に語っていたレラは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後で、耳まで真っ赤になり、「おう」とだけ言った。