「アドじい、いま何て言ったの?」

 日曜日の夕方である。
 私がトナカイ達の散歩に行っている間に、ルミ君から送られてきたプレゼント対象者を確認して、軽くリサーチまで済ませたらしいアドじいが、大きなお腹の上に乗った真っ白いおヒゲをもふもふといじりながら、もにょもにょと言う。

「あ、あの、今回の配達はやっぱりウッキだけで行こうかな、って。えへへ」
「えへへ、じゃないよ! どうして? あんなに一緒のお仕事できるってウキウキしてたのに!」

 そりゃね? もしアドじいが一人でも行けるってくらいやる気満々だっていうなら、全然いいんだけど。だけど、ちっともそんな風には見えない。

「私がいたら邪魔なの? やっぱり足手まといだった? まだ見習いだから?」
「ち、違うんだよノンノ! ノンノが足手まといなんてことはないよ! ちゃんと本社からの合格ももらったし、ウッキだってもちろんノンノと一緒にお仕事したいよぉ!」

 ぶんぶんと大きく首を振ると、それに合わせて、ふさふさのおヒゲがもっふぁもっふぁと揺れる。

「じゃあどうして? ちゃんと理由を教えてくれないと納得できないよ!」

 そう言うと、アドじいは、手に持っていたプレゼント対象者の紙を私に渡してきた。

 そこに書かれていたのは。

三尋木(みよぎ)駿介(しゅんすけ)……。もしかしてウチのクラスの、三尋木君?」

 三尋木君は、正直言ってちょっと――いやかなり苦手なクラスメイトだ。なんかいつも偉そうっていうか、ナチュラルに人を見下してくるっていうか。お父さんがIT会社の社長で、お母さんはテレビにも出たりする料理研究家で、家にはお手伝いさんが何人もいたり、科目別の家庭教師がいたりするらしい。見た目もカッコ良くて、勉強もできて、運動もできる。別に委員長とかではないんだけど、クラスのリーダーみたいな存在で、取り巻きみたいな子が男子も女子もたくさんいる。

 そんな三尋木君は、私がサンタクロースを信じてる(信じるも何も身内にいるし)という話をどこからか聞きつけ、クラス中に聞こえる声で「神居岩(かもいわ)っていまだにサンタを信じてるんだって。ガキくせぇよな」と大声で言ってきたのだ。あの時ほどアドじいやトナカイ達を実際に見せてしまいたいと思ったことはないよ。でもナイショにしなくちゃいけない。絶対に大変なことになるから。

 それで、本当のことを話すこともできない私は、中二にもなっていまだにサンタを信じてる痛い子扱いされることになった。まぁそれくらいのことで友達がいなくなるとか、そんなことは――うん、まぁちょっとは減ったけど。

 だけど、ことあるごとにそれをネタにされたら――、例えば、私の席の横を通るたびに、「俺は今年、サンタさんに何をお願いしようかな。新しいゲーム機なんかいいかもな。ま、もう持ってるけど」なんて言われたら気分のいいものではない。取り巻きの男子はそれに乗っかって、「そんじゃ俺は新しいスパイクにしよーっと」なんて騒ぎだす。三尋木君のことが好きな女子は「やめなよ」と言いながらもクスクス笑ってたりして。

 その他にも「俺の家はサンタが入れるような煙突がないからどうしよう」だの「クリスマスは毎年朝から晩までパーティーをしてるから、サンタが忍び込む隙なんてない」だのとうるさいのだ。それから、ツリーは本物のモミの木で、リースも手作りだ、なんて自慢してたっけ。

 でも別に、いじめられてるわけじゃない。ちょっとからかわれてるだけだ。仲間外れとか、そういうこともない。ただ、合わない、ってだけだと思う。だから、パパにもママにも学校の先生にも相談はしてない。

「あのね、ウッキ、さっきちょっと調べたら、ノンノがクラスでイヤな思いしたこととか、わかっちゃったからさ。だから、これは辛いんじゃないかな、って思って。ほら、ノンノはまだ見習いだし、その」

 アドじいの言いたいことはわかる。
 合格をもらったとはいえ、私はあくまでも『お手伝い』の身なのだ。無理についてこなくてもいい。そう言いたいのだろう。

 だけど。

「ううん、行く」
「ノンノ?」
「あのね、トナカイ達に教えてもらったの」
「トナカイ達に?」
「サンタに必要なのは、トナカイ達のそりにビビらない肝っ玉と、プレゼントをあげる人が誰でも、好きとか嫌いとかに関係なく接する公平さだって」

 あとはまぁ、ルミ君の言うことを黙って聞いとけ、っていうのもあったけど。

「だから、私も絶対に行く。三尋木君に、三尋木君が欲しいものをちゃんとプレゼントする。ここにいる間は、私もサンタだもん。お願いアドじい、私も連れてって」
 
 正直なことを言えば、三尋木君にはあんまり会いたくない。彼の言葉はいま思い出しても胸がざわざわしてイヤな気持ちになるし。だけど、だからって逃げちゃいけないとも思う。サンタは、その人のことが好きだからとか、嫌いだからとかで動いてはいけないのだ。

「いいけど、本当に大丈夫? ウッキは嬉しいけど、ノンノが辛い思いするのはイヤだよ」
「大丈夫。私にはトナカイ達がついてるし、アドじいもいるもん。もちろん、苦手な子だからって、いじわるしたり手を抜いたりなんかしないから」
「わかった。ありがとうノンノ。ウッキ、やっぱりノンノと一緒にお仕事ができて嬉しいよぉぉぉぉ!」

 急に立ち上がり、どたどたとこちらに駆け寄って、座っている私を持ち上げ、ぎゅう、と抱き締める。その素早いことといったら!

「むぎゅうっ!? ちょ、苦しいよアドじいぃ!」
「嬉しい、嬉しい! 孫ちゃんとお仕事だぁ! 頑張ろうねっ!」
「が、頑張るけどぉ! 苦しいぃぃぃ!」

 私のSOSはどうやら届いてないらしく、アドじいはウキウキとその状態でぐるぐると回り始めた。夕飯の仕度をしにやって来たトナカイ達が慌てて止めに入ってくれて、やっとへろんへろんになった私に気づいたようで、さんざん謝られ、大事を取って夕飯後はすぐに休むように言われたのである。


 で。

「もう休めって言われても、全然眠くないんだけどなぁ」

 ベッドに入り、ぱちぱちと瞬きをする。だってまだ二十時にすらなってない。こんなの、小学生だって起きてる時間だ。トナカイ達を呼ぼうか、と考えて、枕元のベルを見る。黄色がレラ、青色がワッカ、赤色がフミだ。

 むく、と起き上がって、仲良く三つ並んだベルを真正面からじぃっと見つめる。フミかワッカかレラか。うーん、どれにしようかな、とそれに伸ばした手を左右にさまよわせていた時、コンコン、と窓を叩く音がした。