結局、それから何回積み木を積み上げただろう。

 それでも理玖君の気はまだまだ収まる気配がない。積み上げては壊し、積み上げては壊し、だ。私は正直飽きてきたというか、疲れてきたんだけど、どうやらそれは彼の隣に座っているママも同じらしい。

「りっくん、ママそろそろいいかな?」

 などと声をかけているが、理玖君からのお返事は「ダメ!」だ。そうだよね。見ててほしいよね。たくさん褒めてほしいよね。

「申し訳ないけど、私もママと同じ気持ちだよ、理玖君……。ねぇ、これってさ、いつまで続くんだろ」

 視線を固定したまま、両脇にいるワッカとフミ、それからずっとトナカイの姿で私の椅子役に徹してくれているレラに聞く。

「そうだねぇ。理玖君が飽きるまでかな?」
「あ、飽きるまで?!」
「ですね。気が済んだら終わりますよ」
「気が済んだら!?」
「まぁ、一生このままってことはないんだろうし、長くてもあと一、二時間じゃないか?」
「いやいやいやいや! 一時間って!」
 
 ちょっと待って。アドじいも毎回こういうのをしてるってこと!?

「子どもってさ、ほんと飽きるまで何回もやるからね」
「そうです。レディだって小さい頃はそうだったんですよ?」
「懐かしいよね。僕もずーっとボール遊び付き合ったもん」
「お馬さんごっこも一日中やりましたね。懐かしいです」
「お馬さんっていうか、俺らトナカイだけどな」
「私のことはいいってば!」

 と、またも思わず大きな声が出てしまって、やば、と肩をすくめる。お母さんが、ちら、と窓の方を見て、私達の姿は見えないはずなのに、視線が合った気がして冷や汗をかく。
 
「まぁ、でもさすがに一時間はないんじゃないですかね」

 落ち着いたトーンでそう言ったのはフミだ。

「だね、ママの方がそろそろ限界っぽい」
「限界?」
「見てごらん、そわそわしてるでしょ。たぶん家事の途中で来たんだと思う。やらなくちゃいけないこと、たくさんあると思うよ」
「たしかに。でも、そしたら、どうするの?」
「どうするもこうするもねぇよ。どうにか説得して作業に戻るとかじゃないか?」
「そうかもしれないけど」

 それはそれでちょっと可哀相な気もする。
 だけど、たしかにママって忙しい。ワッカの言う通り、やることはたくさんある。お洗濯や掃除にご飯の仕度もあるだろうし。

 案の定、理玖君のママは「りっくん、ごめんね。ママ、ちょっと忙しいから」と言って、立ち上がった。それまで頑張れと声をかけてくれた大好きなママが行ってしまうと気づいて、理玖君がイヤイヤと泣き出す。けれど、それで止まるママでもない。ひっくり返って手足をばたつかせる理玖君に、もう一度「ごめんね」と言って、足早にその場を去ってしまったのだ。

 (ひど)い! とは正直思ったけど、だけど、ママだって理玖君にばかり付き合ってもいられないよね、とも思う。私も一人っ子だし、ママが忙しい時は一人で遊ぶしかなかった。だけど。

「よかったな。どうやら終わりみたいだぞ」

 レラの声だ。
 よかったな、なんて言うけど、その声はちっとも「よかった」ようには聞こえなかった。気のせいかもしれないけど。だから。

「ねぇ、フミ」
「どうしました、レディ」
「『声』は『音』だよね?」
「『声』は『音』? どういう意味です?」
「フミは『音』のトナカイでしょ?」
「いかにも。私は(フミ)。『音』のトナカイです」
「フミの力で、私の声を理玖君のママの声にできたりしないかな」
「できるとしたら、どうします?」
「せめて、応援だけでも、って思って。理玖君のママの声で」

 だってママの声って、それだけでも何だか安心するから。

 そう言うと、フミは、私の頭の上に手を乗せて、「お優しいですね、レディ」と笑い、すぅぅ、と大きく息を吸った。そして、両手の人差し指と親指で窓を作り、そこから、ふぅぅ、と細く長く息を吐く。フミの指の窓から吐き出された息が長い長い五線譜(ごせんふ)になって、その中をたくさんの音符(おんぷ)が流れていく。楽しそうに音符達が躍るその五線譜が、ぐるりと私を囲んだ。

「さぁどうぞ、レディ。これであなたの声は理玖君のママと同じになりました。大サービスで、理玖君だけに届くように調整しましたが、あくまでも、声だけです。話し方はどうぞお気をつけて」
「ありがとう」

 理玖君だけに届くとなれば、もう遠慮はいらない。そう思って、私は大きく息を吸った。

「りっくーんっ! 頑張れーっ! ママ見てるよ! りっくんが頑張るところ、ちゃんと見てるよぉぉぉーっ!」
「うわっ、うるせぇっ!」
「大丈夫だよレラ、花ちゃんの声は理玖君にしか届いてないから」
「そうですよ、レラ。私の力です、えっへん」
「そういうことじゃねぇよ! お前らは人化してるから平気かもしれないけどな、俺はいまトナカイなんだぞ?! お前らの何倍の聴力があると思ってんだ! 耳が()てぇ!」

 ぶるる、と鼻を鳴らして抗議するレラを無視して、私は叫び続けた。だっていくら理玖君にだけ届くって言っても、窓は閉まってるんだもん。大声で叫ばないと理玖君に聞こえないじゃん。

 手足をばたつかせて泣いていた理玖君は、ママの――ていうか私なんだけど――声に気づいたらしい。ごしごしと袖で涙を拭いてむくりと起きた。

「りっくん、泣きやんで偉い偉いだよ! ほら、頑張って積み木しよ? ママ、ちゃんと見てるよ! 応援してるよ! 頑張れーっ! りっくん、頑張れーっ!」

 私が声を張る度に、レラの身体がびくりと震える。申し訳ない気持ちがないわけじゃないけど、だって仕方ないじゃん。ちらりとレラの方を見ると、やれやれ、みたいな顔をしたワッカとフミが、彼の耳を(ふさ)いでくれていた。

 それからどれくらいの時間が経っただろうか。たぶんそれほど長い時間ではないんだろうけど、声の限り応援しつつ、さらには二本の『かゆいところにハンド』を操作しないといけないのだ。私って案外器用じゃん! ってびっくりしたけど、たぶんそれだけ必死だったんだろう。

 ご飯を持ってきたママが戻ってきて、それやっと理玖君の興味は積み木からご飯に移り、プレゼントは終了となったのである。