別れの曲

「――――美那子は、本当にそれで良いのかい?」

 不安そうな目で仁三が尋ねる。美那子は無言で頷いた。

「そう、か。いや、美那子がそれを望むなら、僕は下手に否定することは出来ない。うん、とても悲しいし、とても寂しいことだけれど」

「ごめんなさい。でも、私だって、適当なことを言っている訳ではないの。『僕が頑張らなきゃ』って扉の裏で何度も何度も零してた独り言、聞こえてたから」

「あ、はは、そうだったんだ。そうか、聞かれてたのか……僕も無意識だったけど、美那子はそれ以上に心ここにあらずといった様子だったから、てっきり聞こえていないものだとばかり思ってたんだけどね」

「うん。それってさ、子どものこととか、医療費のことだよね。私がこのまま仕事を続けてあちこち飛び回れば、まともな治療は受けられないかも知れない。辞めてしまえば治療は受けられるけど、収入は各段に減る。そうなれば、私のことだけじゃなくて、この後に産まれて来る子たちにも影響が出る」

「凡そその通り、かな。だから僕は、これまで美那子との時間も大切にする為に断って来た仕事を、全部受けようと思う。そしてその稼ぎの何割かを、研究機関への投資に充てたい。どれだけの時間がかかるか、君の生きている間に可能なのかは分からないけれど、望みがゼロでないのなら、研究を進められるように投資して、君の未来を護れるように努めたい。でも……そうなると、君といられる時間は減っていく。と、思う」

 きっとどこかで、互いに言わんとしていることは同じなのだと分かっていた。だからこそ、互いに核心をつくような言葉を出すことが出来ないでいた。

「私は私で、少しくらいなら仕事は出来ると思う。下手に多くしなければ、国内なら回るのは可能だと思うから。あなたにばかり、負担はかけられないもの」

「君ならそう言うだろうなって思ってたけどね。でも、無茶は駄目。絶対に駄目だ」

「もう、ちゃんと分かってるわよ」

 笑って。笑い返して。ふとして生まれた沈黙すらも惜しい時間に思えて、どちらともなく抱き締め合って。

「僕は、出来るだけ多くの稼ぎを出して、研究と、君の治療の為に」

「私は、私自身と子どもたちの為に。そして、あなたの負担を少しでも減らせるように」

 強く、強く抱き締め合って、あと何回出来るかも分からない口付けを交わす。
 少し時間を置いてから、涼子にも事情を話して――翌日、二人で離婚届を提出した。